イリナ・イオネスコがホテルの中の甘味処で幸せそうに、そして饒舌に色々なことを話し始めました。よほど機嫌が良かったのでしょう。よほど日本に来られたのが嬉しかったのでしょう。手振りを交え飛行場からホテルまでにイリナの心を動かした日本の第一印象について少女のように目を丸くして話すのでした。不思議なことに桜のことは一つも出てきません。出てくるのはファッションのこととマキアージ(化粧)のことばかりです。そして、もっとも彼女の心を動かしたのが日本での黒という色でした。
 「日本には何故あのような黒のビルが沢山あるのでしょう。パリでは考えられない。恐らく一つも存在しないと思う。とてもシックで素敵だ。ジャドール!」また食器やインテリアに多く黒が使われていることを指摘し、それがとても日本的なことを力説するのです。髪が黒いからなのか瞳が黒いからなのか日本人の黒の使い方や合わせ方がとてもシックで素敵だと言います。日本人の真っ黒い髪がとても羨ましいとため息をついて黒ほど素晴らしい色はないと言うのです。イリナは確かに黒が好きです。その時も薄手の黒のショールをまとうなど、必ずと言ってよいほど黒を身につけるのです。
 そんな話を大好きだという小豆のお菓子を食べながら、また大好きな日本茶を飲みながら幸せそうに満足そうに話しました。イリナは日本の着物を撮りたいけど井村どうすればいいだろうと聞いてきました。実はこの言葉を私は待っていたのです。イリナに日本で写真を撮ってもらいたいと以前から思っていました。しかもイリナが来日することを知ったファンの一人から是非撮ってもらえないだろうかというオファーがあり、イリナには内緒ですでにアレンジをしていたのです。彼女の名前は彼女からの了解が出ていないので差し控えます。ただ着物の大変よく似合う美しい女性で、彼女のイリナに対する真摯な態度に共感し、私の勝手な判断で何らかのタイミングで顔合わせをさせたいと思ったのです。
 私は今だと思いプランタン銀座にイリナを誘いました。イリナは言われるがまま銀座に行くことを了解したのです。きっとそこへ行くと着物姿の女性が沢山いるのだろうと思ったに違いありません。一階のカフェでイリナに休憩をしようと誘いました。暫くして私たちの前に美しい着物の女性が現れました。
 何も知らないイリナの眼は彼女が扉から入ってくるあたりから釘付けでした。その女性が私たちの前の椅子に座り挨拶をしたのです。イリナの驚きようを想像してください。
 イリナは彼女を撮影することになります。その時にイリナのとても素晴らしい人格を見ることになります。それは次回に!
2009年1月17日(いむらはるき)

EVA1イリナ・イオネスコ
"Eva 1"
(Printed in 1996)
Gelatin Silver Print
27.5×19cm
Ed.20 Signed