◆植田実写真展―空地の絵葉書 会期=2010年1月26日[火]―2月6日[土] 12:00-19:00 ※会期中無休 建築評論家・編集者の植田実氏が、世界を旅する中、折々に撮影した写真を初公開いたします。 植田氏は現代建築写真を多く撮影していますが、本展で紹介するのは、そこから離れ、ふと心に留まった風景をカメラに収めたものです。 数多く撮影した写真の中から、今回はヨーロッパを中心に選んだ約50点を展示いたします。 ●1月30日(土)17時よりギャラリートークを開催します。 講師:植田実×大竹昭子 ※要予約(参加費1,000円/1ドリンク付/参加ご希望の方は、電話またはメールにてお申し込み下さい) Tel.03-3470-2631/Mail.info@tokinowasuremono.com ※定員に達したため、ギャラリートークのご予約は締め切りました ●同日ギャラリートーク終了後の18時からは、作家を囲み懇親パーティーを開催します。どなたでもご参加いただけますが、17時〜18時の間はギャラリートーク(予約制)のため予約者以外はご入場できませんので、18時以降にご来場下さいますよう、よろしくお願いいたします。 ■植田実 Makoto UYEDA 1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。 ■大竹昭子 Akiko OHTAKE ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)など他多数。最新刊は短編集『随時見学可』(みすず書房)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本)。また、『真夜中』(リトルモア)で90年代以降の写真家のドキュメントを連載中。web: 紀伊國屋書店「書評空間」、草森紳一記念館「白玉楼中の人」でも執筆している。 大竹昭子のカタリココ:http://katarikoko.blog40.fc2.com/ ◆作者のことば ヨーロッパ各地の木造建築を、その専門研究者や建築家たちと見てまわる旅が足かけ10年ほどのあいだに続いたことがある。民家や古い教会が多いので田舎めぐりになり、長距離バスに乗っている時間がたっぷりとあった。目当ての建築がある現場に着けば仕事となり、眼は血走り忙しくなってしまう。その中継ぎのバスのなかのひとときは、なにもない茫漠とした地平を行くばかりで、心穏やかだ。眠りに誘われると二度と目覚めないほどに。 そんな気分をよりどころにして、ほかの旅でも同様にうんざりするほど数多くシャッターを切っている取材ついでの、わずかな中継ぎスナップのなかから、ぶれ、ピンぼけ、褪色歴然のものまでとりまぜて、記憶もおぼろな場所の痕跡を探してみた。そして初めて気がついたのだが、曲がりなりにも写真、と呼べるものがそこには一枚もない。すべてが絵葉書としか言えない構図になっている。 観光地ならばありふれた図像こそが通用する絵葉書を、光と影が行き来するだけの、いわば空地で私は撮りためていたらしい。それはおどろくほど小さな世界だった。心穏やかな歓びの身の丈に相応しく、いちにちに始まり終わる出来事がそっくり見えている。
<植田実写真展―空地の絵葉書>出品リスト 2010.1.26[Tue] - 2.6[Sat] [価格スライド方式について] 「空地の絵葉書」作品70点は、すべて限定7部、正価格シート63,000円(税込)に均一し、エディションナンバーによってスライドする方式によっています。すなわち最初の2部(エディションナンバー1-2)までは第1早期購入割引価格、次の3部(ed.3-5)までは第2早期購入割引価格、さいごのed.6-7が正価格となります。
額装代は第1、2期価格および正価格においても変わりません。 長方形額代7,350円(税込)、正方形額付12,600円(税込)となります。 額は2種類あります
展示風景 ギャラリートーク コレクターの声 第20回 ライカを持ったアッジェ? 植田実写真展への期待 原茂 2010年1月25日 ときの忘れものの写真応援団長・原茂さんが、1月26日から始まる「植田実写真展−空地の絵葉書」によせる期待を掲示板に書き込んでくれました。例によって、勝手に転載させていただきます。 因みに植田先生が実際に使っていらっしゃるのはキャノンだそうです。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 当代随一の建築の目利き植田実さんが写真の目利きでもあることはかねてから伺っていましたが、ついにご自身が写真家としてデビュー(!)されたことは写真好きにとって実に嬉しい限りです。 そもそも雑誌「建築」の時代から撮影助手も兼ねておられた(「植田実のエッセイ 本との関係11」)とのことですし、「都市住宅」時代の、「『あおり』を効かせた正統的な建築写真」ではなく「スナップ写真を撮るような気軽さで、複数の空間の間の関係を写し取ろうとし」「内部空間と外部との関係を伝える」(花田佳明『植田実の編集現場』ラトルズ、2005年、71-2頁)と評される写真使いは伝説の域です。雑誌一冊を丸ごと写真のみで構成した「都市住宅7501『総特集 駅前スコープ』」(1975年1月号)は、「都市住宅7301『特集 鳥瞰的ー東京に住んでいる人々の場所』」(1973年1月号)と並んで、現在では「写真集」として評価されるに至っています。(じっさい私が『駅前スコープ』を神保町で見つけたのは建築書専門の「南洋堂」ではなく写真集専門の「魚山堂」ででした)。宮本隆司、牛腸茂雄、平地勲(『アパートメント』平凡社、2003年)、鬼海弘雄(『集合住宅物語』みすず書房、2004年)といった、一緒に組んだ写真家の名前を挙げるだけでも、植田先生が写真家の目利きでもあったことは一目瞭然でしょう。 まして、名著『真夜中の家』(住まいの図書館出版局、1989年)の「都市写真集を買うとき」で高梨豊『町』にオマージュを捧げ、「東方へ−奈良原一高『光の回廊−サン・マルコ』」と「仮面と生−奈良原一高」で奈良原一高を(凡百の写真評論家が赤面しながら裸足で逃げ出すような広さと深さと密度で)論じ、「充填と空隙ーウィンザー・マッケイ」で、山田脩二のニューヨークの写真に磯崎新の指摘(磯崎新「山田脩二の『日本村』」「流行通信」1980年1月号)を引きながら触れ、「摩天楼の肖像写真ーラインハルト・ヴォルフ」では、ひょんなことからヴォルフの『ニューヨーク』の写真展を実行委員の一人として開くに至った経緯が明らかにされるに至っては、ご自身の写真展に期待しない方が無理というものです。 すでにHP上で公開されている作品を拝見しても、作品が、「都市写真」の系譜に属するもので(というより「写真」それ自体が「都市」のものともいえるものなので、それはそのまま写真の正統に属しているということですが)、WEB上の印象だけで言ってもいいのなら、ウォーカー・エバンス、ロバート・フランク、リー・フリードランダー、高梨豊、(アラーキーとしてではない都市写真家としての)荒木経惟といった名前が思い浮かびます(自分の好きな写真家の名前を列挙しただけという気もしますが……赤面)。そして、一言で言えと言われれば「ライカを持ったアッジェ」といったところでしょうか。植田先生がライカで写真を撮っているのかどうかはわからないのですが、作品を拝見しながら、もしアッジェがライカを手にしていたらこんな写真を撮ったのではという思いが消えません。もっとも、今回の展示はヨーロッパの、しかもどちらかと言えば古都といった場所がほとんどなので、アメリカやアジアや日本の作品が並ぶとまた違った印象を受けることになるのかも知れません。WEB上ではなく、早くこの目で拝見したいと思うことしきりです。
植田実『都市住宅クロニクル』を写真として読む 原茂 2010年1月28日 70枚もの画像がHPにアップされ、「読売新聞、朝日新聞で紹介され、会期前に画廊を訪ねていらっしゃる方もいるほどの反響がすでに起きてい」る植田実展がなかなか始まらない(!)ので、予習のつもりで植田先生の本を手にしてみての報告です。 植田実が写真家であるということは、その本を写真集として読むことができるということです。そう思って改めて手に取ってみると、 『都市住宅クロニクル』が実に面白い「写真集」であることが分かります。 これが「写真集」だというのは、その486枚の写真が、説明のための「図版」としてではなく、ひとつの表現として成立しているからです。それは、他の写真と比べてみるとはっきりします。例えば『T』の始めに収められた「住宅診断」に使用されている村井さんの写真ですが、(恐らく)大型の三脚に据えられた大判のビューカメラを使用し、「あおり」を使って水平と垂直をきっちりと出し、光を全体にまわして隅々まではっきりと描写されています。余計なものは注意深く排除され、写っているものはすべて隅々まで考えられて配置されたものばかりです。「建築家の設計時における意図を明確に表現する」建築写真として、文句の付けようのない仕上がりです。 一方、植田先生の写真は、三脚を立てたりせず、手持ちの小型(35ミリの一眼レフ)カメラで撮られた「スナップ」です。水平と垂直がきっちり出ていなかったり、建物が上すぼまりになったり、余計なものが写り込んだりしています。けれどもそれが魅力となっています。それは決して「災い転じて」ではありません。むしろそれは、意識的に選び取られたもののように思えます。乱暴な譬えが許されるなら、写真館の大型カメラによる演出・修正写真を排して、ライカによるスナップという手法で肖像写真に(というより日本の写真史に)革命を起こした木村伊兵衛を思わせると言ったら言い過ぎでしょうか。 そして、この異世界を思わせる空間は、次頁の「群馬県立近代美術館エントランスホール」でよりはっきりとあらわされてきます。ホールの奥から入口を覗いた一枚ですが、「ホール」とタイトルがつけられながら、最も強く印象を残すのは画面の三分の一を黒々と占める壁面とそのディテールです。点光源が二列に連なり、その下にスピーカーボックスのようなものが二つ取り付けられ、その下にライフラインパイプの開口部らしきものが一列に並んでいます。「ようなもの」「らしきもの」というのは私が実際に群馬県立近代美術館を訪れたことがない(!)からですが、よく考えればそいういう人たちのためにこそ、それが何であるのか分かるように撮るのが建築写真のはずではないでしょうか。開口部からの自然光だけで撮られた(ように見える)この一枚の黒々とした写真からは、そもそも「群馬県立近代美術館エントランスホール」がどのような構造をしているものなのか一向に分かりません。そこには、摩訶不思議な一種異様な空間の広がりがとらえられているだけです。ホール中央、逆光のなかに黒々とシルエットを残す後ろ姿の女性の姿は、この空間の前に立ちつくす私たち自身の姿です。 そして、それこそが植田先生がとらえようとしたものであることは、「構造から構成へー群馬県立近代美術館を中心に」という、この写真に「添えられた」言葉から明らかになります。「群馬は……とくにめだつものもないがらんとした倉庫だ。しかし内外をあちこち歩いているうちに、建築としてのある不可解さ、どこからともなく謎をかけられてくるような漠然とした不安を感じ始める。次第にスフィンクスのような建築に表情を変じてくる」。ここでは、写真は説明のための図版として言葉に従属してはいません。言葉と拮抗し、言葉から自立して存在しているのです。そしてこの二枚の写真は、磯崎新の「群馬県立近代美術館」がいかなるものであるかの最も雄弁な言い表しであるだけでなく、そもそも「美術館」という存在がなにものであるかの言葉によらない定義になっています。ここに写っているのが「群馬県立近代美術館」であることが分かっても分からなくても、この写真は見るものの目を奪い、その財布から何人もの福沢先生を連れ去っていく(!)に違いないのです。 次頁の「エーゲ海、ミコノス島での磯崎新。わたしの方はこれがはじめての海外旅行。1972年」も同様です。この写真が「おもしろい」のは、単に左端に写っている上半身裸でサンダル履きの人物が磯崎新だからではありません。もちろんそれが分かれば一層興味深い写真となることを否定はしません。けれども、そんなことが分からなくてもこの写真は十二分に魅力的です。画面左から右に、小高い丘のざらりとした地面、石膏で型取りされたような家の屋根とスチレンボードで作られたようなミコノス島の町並み、きらきらというよりはむしろもったりとしたエーゲ海、そこにすっと伸びる岸壁と桟橋、ホリゾントを垂らしたように見える空が手前から段々に重ねられ不思議なリズムが刻まれ、それをすっぱり断ち切るかのように黒々とした電柱が二本突き立っています。左端の人物に相対するように屹立した電柱の中程に取り付けられた街灯のシンバルのような丸いシェードが、人物のかぶっている広幅の丸い帽子の鍔、さらにそれを地面に移した丸い影と響き合い、電柱から傘の骨のように下に向かって四方八方に伸びる電線の作る三角形が、人物が右手に吊しているカメラのストラップが作るトライアングル、さらにはニコンFのかのプリズムケースの三角錘と共鳴しています。かのアンリ・カルティエ=ブレッソンの傑作「サン=ラザール駅裏」を彷彿とさせる(?)、一瞬にして考え抜かれた見事な構図です。そして、その上で、一本の柱が建築の始まりであるという説を頭に入れ、ここが、ギリシャのミコノス島であることを確認し、その一本の柱に敢然と相対峙しているのが磯崎新ということになって、そこで二重三重に「おお」と言うことになるのではないかと思うのです。さらに、その立ち姿がミケランジェロの「ダビデ像」を思わせるといったら、これはさすがに言い過ぎですね。 「ときの忘れもの」の2008年01月29日00:13 のブログ「植田実のサイン入り『都市住宅クロニクル』」には、「この本には写真・図版等が各巻約400点おさめられていますが、中でもお宝映像は植田さん撮影による建築家たちの写真です。たとえば、エーゲ海にたたずむ上半身裸の磯崎新先生(41歳!)。 建築界にとってだけではなく写真界にとっても「お宝」であった植田実の写真作品を掘り出して下さった「ときの忘れもの」様に感謝です。
空と地の間に−植田実写真展−空地の絵葉書に寄せて 原茂 2010年1月31日 扉を開けると、そこはいつもの見慣れたギャラリー、のはずがちょっと違う。空気がいつもよりぴりっとしていてしかもふうわりと軽い感じ。別に普段がゆるんでいる(!)というわけではないのだが、全体に心地よい緊張感とリズム感。それは、伝説にして現役バリバリ(たとえば、どちらかと言えば若い人向けと思える『デザイン・アディクト』vol.2、「特集 ニッポンの新鋭建築家20人+α」2007年、エクスナレッジムック、の中で「Radical Movement in Japan 『都市住宅』という時代」という記事が10頁にもわたって掲載されている)の編集者にして建築評論家にして写真家(!)の植田実さんが毎日在廊しておられるとか、そうそうたるスター建築家や写真家が来廊されたりというだけではないでしょう。 その空気を作り出しているのが、写真の額としては少し幅のあるくっきりと黒い木のフレームで額装され、二枚一組で微妙に隙間を空けて展示されている50枚の写真。特に正方形の(特注とか!)額が用いられた壁の一隅は、とりわけ軽快でメリハリの効いた感じ。この「ときの忘れもの」自体が木造の立方体の空間であることが思わず思い起こされます。聞けば、この展示そのものが植田先生のプランによるものとのこと。壁面の寸法を送ると、どの写真をどの順番で並べるかを指示した指示書が届いて、あとはその通りに額をかけるだけだったそうです。その後の掛け替えは一切なし。70枚のうちどの50枚を選んでそれをどの順番に並べるかは全部植田先生の頭の中で完璧に出来上がっていたわけで、これが伝説の編集者かと一同唸ったとか納得だったとか。この展示空間そのものが植田先生によって編集された作品だというわけです。 特に、No.40「ティヴォリ」は、最初HPで拝見した際に「上下逆では」とメールを送って、「作家の意図で、水面に映った像を上にしてあります」との返信をいただいたというちょっと情けないいわれのある(?)作品です。そして、それを、像こそが永遠の実在であり、形あるものは過ぎ行く仮構にすぎないというプラトニスト植田実の真骨頂と言い切ってしまうのはまだ時期尚早でしょうか。 毛の生えた初心者の世迷い言はさておき、それ自体が空地でもあるこの空間に多くの方が足を運んでいただければと思います。
ソフトカバーからハードカバーへ 写真家植田実の誕生 原茂 2010年2月6日 植田実写真展が展示換えになったということで駆けつけました。ブログでは一番横幅の短い壁面が総とっかえになったということですが、よく見ると変わっているのはそれだけではありません。 ギャラリーに置いてあった指示書によると最初の展示プランは次の通りです。 入り口から入ってすぐ右側に一点あるのがNo.37「ウィーン Wien. Austria」。木々の間から覗く女神像。植田さんは「私のジョコンダです」と言っておられました。これが写真集の表紙になるはずだとか。 窓・階段 ← 35・36 15・16 09・10 → 入口 入口 ← 01・02 11・12 51・52 17・18 → 窓・階段 入口 ← 03・04 05・06 53・54 13・14 → 窓・階段 窓・階段 ← 34・33 25・26 23・24 19・20 55・56 → 入口 窓・階段 ← 70・69 45・46 27・28 21・22 29・30 → 入口 入口 ← 49・50 43・44 → 窓・階段 入口 ← 66・65 67・68 → 窓・階段 入り口すぐ右の「ジョコンダ」から展示台の上の6点、さらに振り返っての後ろの壁の16点は変更なし。 奥の一番横幅の長い壁の20点のうち8点が入れ替わって 窓・階段 ← [47][48] [34][33] 23 24 19・20 55・56 → 入口 窓・階段 ← 70 [58] [25][26] [69] 28 21・22 29・30 → 入口 このうちNo.47、No.48、No.58はミュージアムケースから壁面への登場です。 入口 ← [61][62] [07][08] → 窓・階段 入口 ← [39][40] [41][42] → 窓・階段 ブログのご報告のように、この展示替えは大竹昭子さんではなく植田さんご自身によるもの。 大竹昭子キュレーションの展示はまた次のお楽しみとして、ここでは植田さんご自身のキュレーションの進化を楽しむべきでしょう。 もっともそんなことは毛の生えた素人が言うまでもなく、作品リストにちりばめられた売約済みの赤丸シールがすでに示していました。エディションがすでに3まで進んだ、つまり42.000円にステップアップしたプライスで購入された作品がありましたが、これは決して「お付き合い」などではなく、本気でその写真が気に入って購入して下さった方がいるこということですし、それよりもなによりも、「ときの忘れもの」の写真販売最高記録を更新したということがそれを証明しています。記録更新の場面に居合わせた喜びもひとしおでしたが、記録更新にあたって3枚(!)購入された方が、第一回木村木村伊兵衛賞受賞作家北井一夫さんのコレクターで、柳沢信さんの作品にも興味があると仰っておられたのには一同喫驚。その3枚の選択も実にあたりを唸らせるチョイスで、今や「ときの忘れもの」の一番の売れっ子作家(?)となった写真家植田実が「写真の目利き」からどのように評価されているかが分かるというものです。 今回の展示は今日が最終日ですが、一日も早く次回の展示が実現するように祈ってやみません。
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