井村治樹のエッセイ《イリナとの出会い》 |
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「ピラミッドの中の写真集―イリナとの出会い―1」井村治樹〜新連載
イリナ・イオネスコとの出会いについてお話しします。というのもイリナ・イオネスコをはじめて日本に招き、講演会をし、ワークショップを開いた者でしか知り得ない何かをお伝えしておきたいのです。本の装丁とイラストを本職にしていて、写真の世界についてはアマチュアで、まして講演会や写真展についてずぶの素人の私が、無謀にも10年ほど前に企て実行したことを、この機会に記しておきたいのです。 それは、個人的に素晴らしいと思う一人の写真家を、日本の若者に直接紹介したという単純な話ではないです。そんな単純なことを複雑にしているエイジェントが存在し、また芸術をビジネスの対称とする画廊が存在しています。その存在のために翻弄されるのは、芸術家と芸術愛好家、そして未来の芸術家なのです。そのような中にあって最後まで実行しえた唯一の戦術は、その世界にいなかったことと、その世界を知らないふりをとおしたからなのです。あまり抽象的な話ばかりではいけません。そろそろ具体的にお話いたしましょう。 10年ほど前でした。私の大学時代の哲学のゼミの後輩で、当時ITビジネスで成功していたO君が「何か面白いことをしたい」と、私に相談してきたのです。当時やっとビジネスになりかけていたCD-ROMのコンテンツが欲しかったのです。しかもアダルトではなく、もっとアートよりのものはできないかと相談してきました。そこで真っ先に提案したのが、イリナ・イオネスコのCD-ROMでした。 それは二つの理由からでした。一つは彼女が芸術家であって商業写真家ではないということ。もう一つが当時は2000枚売れればそこそこヒットといわれたCD-ROMだったのでコアなファンがいて、しかも若い層がいるというのがイリナを勧めた理由だったのです。最初のことについてもう少し説明したほうがこの世界について理解できると思いますので説明しましょう。 「芸術家であって商業写真家ではない」ということはとても大事なのです。何について大事かと言いますと予算です。芸術家と商業写真家は求めるものが違います。商業写真家は結局はお金です。それに反して芸術家が求めるのは理解者です。もちろんお金はないよりもあった方がよいでしょう。でも絶対ではありません。商業写真家の中には、40歳を境になぜか芸術を志向したいと思い始める人が多いようですがなかなか足を洗うことはできません。ほんの一握りの商業写真家だけが、晴れて芸術家の仲間になれるのです。 イリナは間違いなく芸術家です。私がパリで会うほんの数年前まで狭くて暗い市営住宅に住んでいました。その寝室で数々の名作を生みだしていたのです。それが小出弘美という良き理解者と巡り会い、イリナはその住み慣れた市営住宅から、眺めの良いアパルトマンに引っ越しました。私が会ったのはその頃です。ただ引っ越したのは良かったのですが、その代償として、彼女の名を一躍有名にした写真集「鏡の神殿」などに使われた多くの代表作のネガを、誤ってゴミに出してしまうという失態を犯してしまうのです。それは芸術家ならではの失態です。(つづく) (いむらはるき) ◆井村治樹=1953年香川県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。イラストレータ、装丁家。 主な仕事:著書「アンティークの街ロンドン」三修社、共著「絵で見る旅のフランス語」、「英米文学と神話」大修館書店、装丁「カッコウの巣の上で」冨山房など。 主な連載:「現在のギリシャ神話」(ポパイ)マガジンハウスなど。 ◆画廊亭主敬白 新連載企画のスタートです。 筆者の井村さんは、私がこの30数年間に出会った多くのコレクターたちの中でもユニークさにおいて群を抜いています。 優れたコレクターに必須の能力は、先ず決断力(自己の判断に迷うことがない、たとえ迷っても後悔しない)、次に美を見分ける独自の審美眼、そして資金力(金がなくても買ってしまうという蛮勇も含めて)でしょう。 私が最初に出会った大コレクターは、今まで幾度も書いていますが、井上房一郎さんと久保貞次郎先生でした。この二人に決定的な影響を受けて、今日の私があります。 それはともかく、井村さんのユニークさの第一は作品に貴賎をつけない。フリーマーケットで百円で買ったものも数百万円出した名品も共に大切にしている。怪しげな掛け軸、市松人形、リカちゃん人形、昭和戦前期のクラシックな油彩、楽器、写真、版画、私たちから見れば何の脈絡もない膨大なコレクション(たとえて言えばガラクタの山)が彼の身上です、といったら失礼にあたるでしょうか。戦後日本が生んだ最も良質な市民コレクターといっていいかも知れません。 イリナ・イオネスコの最良のコレクターであり、数々のタブーに挑戦し、彼女を紹介してきたその姿勢に私どもは感銘を受けました。ぜひそのいきさつを書いて欲しいとお願いした次第です。ご愛読のほどお願い申し上げます。 イリナ・イオネスコ Irina Ionesco 「Porte Doree 10」 Printed in 1998 Gelatin Silver Print 14.4×9.8cm Ed.10 Signed こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから <前回 次回>
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