ギャラリー新人日記 2005年7月

ギャラリー新人日記 7月30日

今日は瑛九展の最終日でしたが、午後、建築家の石山修武先生が某雑誌の取材をかねて来廊されました。
私は昨年、大学に建築家の方を迎えて講義をして戴く特別講義を受講しており、石山先生が一度講義をされたことがあったので、お目にかかるのは二度目でした。石山先生の自邸(世田谷村)をテレビで拝見したことがあったので、 まさかそんな方と一緒に仕事ができるなんて…と嬉しかったです。刷り師の白井四子男さんも見えて、石山先生が三浦さんのデスクを使って銅版をエッチングという技法で彫り始めました。その銅版は3週間前に途中まで彫ったそうで、「忘れちゃった…」など言いながら3週間前のイメージを掘り起こし、空気が静止しているような雰囲気の中、黙々と彫っていました。
その後、昼間から(しかも、仕事中)石山先生、白井さん、カメラマンの鷲尾さん、編集者の三砂さん、綿貫さんと私で飲みに行きました。テレビで見たことのある石山さんと、こんな風にお酒を飲めるなんてとても不思議な感覚でした。
石山修武さんと...石山修武先生 銅版をエッチングで彫る石山先生サイン中  

ギャラリー新人日記 7月29日

俳句の打ち込みが終了したので、綿貫さんと久しぶりに俳句の読み合わせをしました。辞書片手に、「これは造語かな?」と、辞書を引き、皆に聞き、なかなか進まない読み合わせでした。
仕事が終わってから、三浦さんと代官山の「絵馬」という所で開催されている小川信治さんの個展に出掛けました。「Without you」シリーズは、写生した絵の人物だけ除かれているというもので、「perfect world」では、こんな世界があったら面白いかも…と思わせるほど魅力的な作品でした。小川さんの発想の豊かさと、作品から伝わってくる愉快な感覚にハマりました。

ギャラリー新人日記 7月28日

瑛九展も後2日となりました。毎日、多くのお客様が御来廊されます。若い方も多く、皆さんどんな感想を持っているのかとても気になります。
今日の綿貫さんは、新しいマシン(ウインドウズ)の使い方に四苦八苦していました。うろちょろして気を紛らわしている様に見えました。
2、3日前の夕方、綿貫さんが外出して不在の時間があり、「六時まで電話不通の場所にいるので 急用の時はメールを下さい」とメールが届きました。打ち合わせかなと思っていたら、実は、映画を観に行っていたのだと自白しました。マンドリンの発表会で頭が一杯なのかしら・・・。
ときの忘れものは、とても緩い空気が流れております。東京の都心に在るといった慌ただしさなど感じられません。綿貫さんも一人で映画を観に行ってしまうくらいだし・・・。せっかちな私も、ここではジャズやクラシックに身を委ねて穏やかな気持ちで仕事をしています。版画や俳句など、芸術に囲まれているからでしょうか。
夕方、お客様がある作家の作品を買い取って欲しいと依頼しに見えました。珍しい作品だそうです。

遊ぶ綿貫さん、働く令子さん...  

ギャラリー新人日記 7月27日

8月に開催する内間安王星展のDMが出来上がり、届きました。自らの手で作り上げていったモノが完成する喜びは大きいです。
今日は、編集した本のデータを2冊分やり、亡くなった作家の俳句を打ち込みました。徐々に、字が解読できるようになってきました。作家の書く文字の癖を掴んだら、後は雰囲気でなんとか。
・・・なんだか、新人日記、イベントがないとマンネリ化してきます。どうしましょう。
隣の席の三浦さんに、助けを求めてみるのですが・・・
では、ここで、三浦さんの好きな短歌を一つ、ご紹介します。
人知れず 朽ちも果つべき 身ひとつの 今がいとほし 涙ぬぐわず    長谷川利行
「意味は?」と聞くと、「長谷川利行の短歌を詠めばそのうちわかるようになる。」とのこと。

ギャラリー新人日記 7月26日

白井版画工房に石山修武先生用の新しい銅版を取りに行きました。
編集した本のデータを2冊分作りました。『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展 カタログ (1988年発行)』と『第1回|海外新進日本人作家紹介展TomokoKUBO|図録 (1992年9月16日発行)』です。アンディ・ウォーホルのカタログはデザインが最高です。もちろんデザインはディス・ハウスの北澤さん。今のようにパソコンも普及しておらず、イラストレーターなどない時に写植の文字を切り貼りして作成したそうです。とても細かいので切り貼りは相当な労力だったと思います。私もこのカタログを購入したいのですが、「どこかいっちゃった。」と綿貫さん・・ ・。
夕方から俳句の打ち込み作業をしました。これは大変な作業です。昔の漢字を使用しており、読めなかったり、草書で解読できなかったり。作家の俳句からは、好きだったものなどが読み取れます。少し切なく感じる俳句は、感情移入して、もの思いに耽ってしまいそうになります。
ウッディー私の処女作 TOY story ウッディー  

ギャラリー新人日記 7月25日

今日は休廊日ですが、夕方から銀座のHOUSE OF SHISEIDOの『セルジュ・ルタンス…夢幻の旅の記録』展オープニングに招待されていたので、皆で出席しました。暗い闇の中に、魔性で色っぽい表情をしている女性像が幾つも記録されていました。セルジュ・ルタンスさんも来日しており、たくさんの招待客で立錐の余地もなく、ゆっくり見ることはできませんでしたが、日を改めてまた足を運ぼうと思います。
オープニングの後、元々計画していた、資生堂パーラーで食事をしました。綿貫さん、令子さん、三浦さん、三浦さんの奥様和子さん、そして途中から、六耀社の編集者・細川いづみさんもお見えになりました。私はカレーライスを食べたのですが、少し畏まる、高級カレーライスは初めてでした。スパイシーさの中に甘さがあり、私も舌が肥えてき始めたのかな?生意気かな。二軒目はバーに行き、綿貫さんと三浦さんは強いお酒を飲んでいました。バーを出た後、銀座でブラブラしていたらドシャ降りに遭遇してしまいました。ちょっと雨宿りしてから帰りました。セルジュ・ルタンス...夢幻の旅の記録資生堂パーラーにて  

ギャラリー新人日記 7月23日

綿貫さんと令子さんが出張から帰って来ました。やはり、皆揃ったら雰囲気が明るくなります。打ち合わせでは、四国での出来事を聴きました。綿貫さんは少しお疲れの様子。
綿貫さんは、亡くなられたある作家の眠っている俳句を何とか世に出す方法はないかと考え、夕方、北澤さんと打ち合わせをしました。その作家の俳句を読んでみると目頭が熱くなるものもありました。
打ち合わせが終わった途端、横揺れのすごい地震が起きました。あたふたあたふた・・・。
6時から白井版画工房で版画教室でした。今日は新しい銅版に私の好きな女優さんゴールディ・ホーンの絵をソフトグランドで描きました。試刷りをしてみたら、今までで一番素敵な絵の版画!!なぜなら、トレーシングペーパーでなぞったからです。次は何を描こうか考えていたら、写しは著作権問題になるからオリジナルを描いた方がいいよと言う白井さん。訴えられちゃう・・・ということで、周りにある静物を見渡しましたがイメージが浮かばず。版画になるのだから、飾れるものがいいし・・・と何を描くか考え込んでしまいました。そんな私を見て、白井さんは引き出しからたくさんの人が様々な技法を使った版画を見せてくれました。そんなに考えずに、気楽に何でも描けばいいよと言ってくれ、次回までに考えてくることにしました。

ギャラリー新人日記 7月22日

今日も綿貫さんと令子さんは出張です。まず、毎日の課題「編集した本」(画
廊亭主の綿貫さんが編集した本)のデータを2冊分作成しました。『エッフェル塔 100年のメッセージ展図録』と「資生堂ギャラリー七十五年史刊行記念」という本です。綿貫さんに「いずれ尾立さんもこれをやるようになるのだから、写真だけでもいいから編集した本をパラパラと見ときなさい。」と言われていたので、『エッフェル塔 100年のメッセージ展図録』をじゅっくり見てみました。エッフェル塔は、ギュスターヴ・エッフェルさんが高さ300メートルの塔の計画をし、エッフェルという名前を付けたそうです。知りませんでした。建築から、 多くの方が描いているエッフェル塔の絵画まで幅広く紹介した図録です。ご覧あれ。
信越放送から依頼されていた内間安王星さんと磯崎新さんの作品写真のデータを作成し、送りました。今日は来廊客が多く、私の大学の友人も来廊してくれました。彼女も瑛九について感想を発言しませんでした。同類を見つけ、少し安心しました。
綿貫さんが編集した本の一部  

ギャラリー新人日記 7月21日

今日から、綿貫さんと令子さんが四国へ出張に行っています。昨日受け取りに行った試刷りの写真を撮り、コピーをし、イラストレーターで一覧表を作り直しました。久々に操るイラレに少し戸惑いました。私が使用しているパソコンの調子が悪かったため、システムの田中さんがマシーン本体を交換しに来てくださるということだったのですが、遅い・・・。やっとお見えになり、私は磯崎新アトリエの平田さんに試刷りを持って行きました。画廊に戻り、学生らしき女性二名が瑛九展を見に来廊されました。私と同年代らしき彼女達。私には瑛九が全くもってわからないのですが、彼女達には瑛九がどのように映ったのでしょうか?
私は、「すごい」というベタな感想だけは述べたくありません。作家本人と交流した後に作品を見るのと、逢うことのなかった方の作品を見るのとでは、思い出のない私には、深い部分に気付くことができないような気がします。電話で話す時と逢って話す時の感覚の違いと似たものでしょうか。
ガラーン・・・今日はがらーんとしている。  

ギャラリー新人日記 7月20日

打ち合わせで、私はHP用の「編集した本」という項目のデータ作りを任され、目の前に数十冊の本が積み重ねられました。一日二冊(これは重荷にならない程度の数)、データを作成していくことになりました。
磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』の試刷りが出来たということで、夕方、白井版画工房に取りに行きました。工房まで時間を計り、道を変えて歩きます。今日は新記録、23分という速さで乃木坂にある版画工房に辿り着きました。帰りは、白井さんに近道を教えて戴き、なんと20分で戻って来られました。またまた記録を更新しちゃいました。
そうそう、皆様掲示板見られましたか?
「ときの忘れものの記念すべき10周年記念展であり、画廊の命ともいうべき瑛九展に関しては、毎日あきるほど見ているのに、何の発言もない(とほほ・・・・・)。」とときの忘れもの亭主の声。
えーっと、私はまだ瑛九についてコメントを言えるほど大人でないということにしておきましょう。どうかお許しを・・・。(苦笑)

ギャラリー新人日記 7月19日

梅雨明け、入社して季節を跨ぎました。いつから新人じゃなくなるのでしょう?半年?1年?それとも、何かが出来るようになったら?新人が入るまでずっと新人?「今日からあなたは新人終了です。」って誰かが決めるものでもないし。私は今、新人を満喫しています。今だけは知らなくても許される。いつからか、知らないでは済まされない時がくる。
先週は盛り沢山でした。ギャラリー新人日記の赤ペン先生、綿貫さんから「イベントがあると生きがいいですね。」と言われました。未経験が経験済みになり、知らない人が知り合いになる・・・それが私には堪らなく至福なのです。
今日は遠方からのお客様が多く来廊され、綿貫さんは大忙しでした。私はというと、磯崎新展のDM制作に取り掛かりました。そして、前々から言われていた営業時間と休廊日の小看板のデザインをディス・ハウスの北澤敏彦さんにお願いしました。ゲラを持って来てくださり、私が、「こうやったらカッコイイですよね。」と言うと「親切のための看板じゃないの?親切さよりもかっこ良さを選ぶの?」と聞かれ、さすが北澤氏!!…納得。現在、親切な看板を作成中です。
集合写真
横河設計工房にて、集合写真(前列左から2番目、横河健先生)
磯崎新展DM制作  

ギャラリー新人日記 7月16日

今日は15時半からナイト・スタディー・ハウスが主催する『建築家・横河健in THE TERRACE/理想の工房−空気感をデザインするということ』に参加してきました。
ナイト・スタディー・ハウスとは「室内」の塩野哲也さんと「A&A」の菅野弘達さんが年に4回程開催する会で、私は初参加になります。
仲町台駅を降りて地図を見ながら歩いてゆくと、思わずカメラを構えてしまいたくなる建物が出現。そう、この建物こそが横河設計工房だったのです。今日の参加者は15人くらいで、建築家、写真家など様々な職業の方や学生が集まりました。
まず、工房内を案内して戴きました。緑地に囲まれた環境に、一階はオープンテラスになったカフェ、二階はインテリア・ショップ、三階は製図をする工房、四階は横河先生の部屋、なんと地下には試作品を作る工房があるのです。煮詰まることなくのびゝと仕事ができそうな、そんな工房に、私を含め皆さんも食い入るように見ていました。とにかく開放的。工房で寝転びたくなりました。工房を回った後、一階のカフェで、横河先生を囲んで食事をしながらざっくばらんに話をしました。横河先生に工房を建設するまでに至る話、モノつくりに対する感覚、価値観・・・ないものは作っちゃう、カフェの運営までやることになっちゃった。と言う、そんな先生の自由な感性に陶酔しました。聞きたいことは全て聞き、また、話は尽きず、あっという間に時が過ぎてしまいました。
このような素晴らしい会を開催して戴いたナイト・スタディー・ハウスの塩野さん、菅野さん、また参加してきなさいと言って戴いたときの忘れものの綿貫さんに感謝しております。次回も是非参加させて戴きますね。横河設計工房B横河設計工房A横河設計工房C横河設計工房D  

ギャラリー新人日記 7月15日

前回資生堂に行った際に、House of SHISEIDOを観ておいでという言付けを忘れて帰って来てしまったので、三浦さんと行きました。一階には、資生堂初代社長の福原信三さんから弟の信辰さん、信義さんが撮った写真が展示されていました。二階には資生堂の本を読むスペースがあり、昔の化粧品パッケージやデザイン、イメージキャラ、広告など歴史が詰まっている大きな引き出しがありました。現在の化粧品のパッケージはシンプルなものが多いですが、昔のデザインはディテールに凝っていてとてもキュートでした。
18時から帝国ホテルで開催されるマレット・ジャパン創立記念オークションに研修を含め見学に行ってきました。率直な感想として、まぁ、オークションとは恐ろしい世界でした。
数十万〜数百万円から始まり、一万単位、二万単位…五万単位…で競られる。私はただ、オークショナーの饒舌さとテンションに呑み込まれてゆくことしかできず、十万単位、五十万単位…。まだ、可愛い方。どんどん頭が麻痺してきました。百万単位…二百万単位…今日の目玉ルノアールは八千万円からスタート。五百万単位で上昇し、ついに億という言葉が!それでも止まない競り。結局、落札したのは電話でオークションに参加した方の二億二千五百万円でした。
I was so excited!! But…もう、冗談で番号札上げてみようかな〜!なんて言いませんから。
HOUSE OF SHISEIDO
HOUSE OF SHISEIDO
光の詩人 福原信三・信辰・信義 写真展
2005年6月14日(火)−7月17日(日)  

ギャラリー新人日記 7月14日

今夜は、オペラシティアートギャラリーでの「生誕100年記念 難波田龍起展」のオープニングに参加するため、前日友人とファッションショーをして選んだ格好で出勤しました。とりあえずプレスリリースを仕上げ、三浦さんとオペラシティへ向いました。コレクターの寺田小太郎さん、難波田龍起さんの三男武男さんの挨拶があり、展示を観覧して回りました。絵画だけでなく、陶芸作品や貴重な手紙も本当に数多くの作品が展示されていました。年代順に展示されており、同一人物が描いたとは思えない程の作風の変化でした。愛息の死後以降の作品は、深く、重く、吸い込まれて行ってしまいそうな作品でした。綿貫さん曰く、難波田龍起さんの描き方はキャンバスの端から描き始めてゆくそうです。亡くなる寸前まで描いていており、情緒が映し出されているように感じました。印象に残った作品は、子供の工作のような感じがする、お菓子の空き箱の区切られた内部に色とりどりの形象が描かれている作品です。私はあまり美術を知らないので、作品に出来るだけ近づいて一点一点観るので、最終的に何が良かったかとか忘れてしまいます。綿貫さんに、「部屋に入って、パッと目に付いた作品を見るだけでいいんだよ。人間の感覚は正確なのだから。」と教えて戴きました。なるほど、洋服選びと一緒じゃん!!思いました。立食があり、ここぞとばかりに食べたのですが、綿貫さんと三浦さんと令子さんと最上階の中華料理屋に行くことになりました。新宿を一望できる眺めで、これぞ東京って気分になりました。食べ過ぎて、明日食べなくても大丈夫なくらいお腹いっぱいで幸せでした。


オープニングパーティー作品 お菓子箱  

ギャラリー新人日記 7月13日

ここで働き始めて今日で丸一ヶ月が経ちました。まだ一ヶ月・・・この一ヶ月間は本当にあっと言う間でした。そもそもここの面接を受けたきっかけはインターネットの職探し。大学では建築を学んでおり、二年ほど前にエディターへと夢が変更。建築は好きだし、建築にも編集にも関われる仕事なんて私にはおいしい!!と思い、面接を受けてみました。面接では予期していなかった試験があり、現在座っている席で、少し諦めモードで書いていたのを思い出します。ときの忘れものから採用の連絡が入った時はびっくりしました。ここで働きたいと思った言葉が一つあります。それは「あなたを採用することに決めました」という言葉です。この「決めました」という言葉。私には深い意味のある言葉に思えて、ここで編集がしたいと思ったというわけです。
プレスリリースの発送が迫っていた為、イラストレーターとフォトショップを使用してプレスリリースを仕上げていきました。
パリ在住のディーラー田中さんがお見えになりました。田中さんも令子さんも綿貫さんも、自分にはやはり絵しかない・・・と思って絵に関わる仕事をしていると話していまいした。私はまだそれが何かわかりませんが、私にはこれしかないという仕事に関わっていきたいと思います。  

ギャラリー新人日記 7月12日

先日O.Kを出した内間安王星展のDMのデータがディス・ハウスから届いており、もう一度チェックしてみました。題名の意味を調べてみようと思い英和辞書を引いてみたら、作品名のスペルミスに気付きました。まだ印刷を発注していないからセーフ!!という思いと同時に、せっかくデータを作って持って来てくださった北澤さんに申し訳ない気持ちになりました。ちょっと言い難かったけれど、電話をして修正をお願いしました。
「初めてのお使い」ということで、銀座にある資生堂に作品をお届けに行ってきました。セキュリティもいるし、受付嬢もいるし、なんだかそこに流れる空気に少し呆然とし、「ギャラリーを覗いておいで」といわれていたのにすっかり忘れてしまいました。駅へ向っている途中でハッと気付いたのですが既に遅し・・・というか一瞬戻ろうか考えたのですが、なんとなく戻り難かったというのが実情。
画廊へ戻り、前から言われていたプレスリリースの制作が進んでいなかったのでポジを選び、近日中には発送できるように取り掛かりました。今日、三浦さんは狭山の分室に行っている日。綿貫さんと令子さんは黙々と仕事をしていたので、隣のデスクの三浦さんがいないと、少し寂しいような・・・。


ギャラリー新人日記 7月9日

東京オペラシティ アートギャラリーで7月15日から「生誕100年記念 難波田龍起展」が開催されるので、三浦さんと一緒に初台のオペラシティのミュージアムショップまで難波田龍起さんの作品を16点納品しに行きました。この展覧会は、コレクターの寺田小太郎さんという方が集めた作品が中心だそうです。画廊に戻り、内間安王星展のDMのゲラを校正し、北澤さんにこれで進めてくださいと連絡しました。綿貫さんに本当に間違いがないか聞かれたのですが、自信がなくなってもう一度チェックしました。それでも不安です。千五百枚のDMが出来上がった時にミスを見つけたらどうしよう・・・とか色々考えてしまいました。作家の永井桃子さんがお見えになりました。なんと、永井さんは同じ二十代。あんなに温かい絵を描けて、ご活躍されている永井さんに憧れました。瑛九の作品の前で一枚撮らせて戴きました。
夕方、また白井さんの版画工房に通いました。今日はドライポイントとソフグランドという技法を使って版画を制作しました。形が付く道具を使用し、ステップアップして版画を学んでいます。多くの技法があり、名前を覚えるだけでも大変です。仕事より集中して自分の世界に入っているような・・・。また、再来週も行く予定です。
永井桃子さん、瑛九と一枚。  

ギャラリー新人日記 7月8日

ときの忘れものでは、今日から7月30日まで瑛九展を開催しています。私が入社して初めての展覧会です。待ちに待った私の名刺が届きました。デザイナーの北澤敏彦さんが紙にこだわっているらしく、海外から船で運ばれて来た紙だそうです。初めて持つ名刺は、“THE・社会人”という感じです。北澤さんから内間安王星展のDMのゲラが届いていたため、綿貫さんと校正をし、一部修正しました。
18時から刷り師の白井さんの版画工房の版画教室に参加するので、磯崎新アトリエへ銅版画試刷りを2枚届けた後、版画工房を訪ねました。生徒は私を含め4人。皆さん版画歴が長いそうで、黙々と作業を進めていました。先週、銅版画のエッチングに挑戦したので、その続きで、銅版の角を鑢で削る作業に挑戦しましたが、均等な角度に削るのがまた難しい。白井さんに試刷りをしてもらいました。プレス機を潜った版画と初対面する時のわくわく感は堪らないものです。単調なラインのTOY STORYのウッディーが出てき、雑なエッチングで非芸術的な絵を描いた自分の作品に愕然。出来上がりを見て嬉しいという気持ちと同時に、描き直したいんですけど・・・と言いたくなりました。気を取り直し、さっきの銅版に擂った松脂を均等に塗し、アクアチントという技法でウッディーのシャツの部分やハットの部分に影を付けました。今度は、自分で墨を刷り込み、白井さんの真似をして拭き取っていきました。アクアチント技法で刷ると前より少しリアリティーウッディーに変身しました。白井さんのお兄様もいらして、教室の皆さんと夕食を戴きました。今度は新たに、新しい銅版をニードルで直接ひっかき絵を描きました。塩化第二鉄による腐蝕をせずにそのまま刷る方法です。試刷りをしてみると、腐食をしていないため線の太さは均一ではなく、味が出て私は好きです。明日も通い、この次を進めて行きます。ときの忘れものでそのうち私の版画が売られたりして・・・。
版画に挑戦中  

ギャラリー新人日記 7月7日

先日、植田実先生に磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』第二期12都市分の全体構想がわかる見取り図を作ることを提案されたので、その一覧表の基をデザイナーの北澤敏彦さんに作って戴きました。北澤さんの事務所ディス・ハウスにデータを貰いに行き、操作の仕方を教わりました。そのデータに進行状況を書き加え、磯崎新アトリエへ持って行き、スタッフの平田さんに言付けました。帰り道、四方八方お墓の青山墓地で迷子になり、道行く人に親切に教えて戴き無事帰り着きました。今日は七夕。街のあちこちで、色とりどりの短冊が下がった笹の葉を見ました。七夕のお話は幸か否か私にはわかりませんが、ロマンチックな伝統や風習は受け継がれています。東京は曇り空でしたが、雲の切れ間から愛の色をした夕日が零れていました。
瑛九展@瑛九展A  

ギャラリー新人日記 7月6日

綿貫さん、三浦さん、雄高さんと私で8日から始まる瑛九展の打ち合わせをし、三浦さんと雄高さんは展示の準備で大忙しです。綿貫さんは、7日銀座で催される講演会の事で頭がいっぱい。私は、磯崎新先生のブログ(ロシア展の紹介)をアップしたりと、しなければならない事はいっぱいあるのですが、何せロシア語だったり英語だったり・・・解読が難しいものばかりでなかなか進みません。15時にデザイナーの北澤敏彦さんが打ち合わせにいらっしゃいました。綿貫さんは、磯崎新先生と打ち合わせ後、すぐに北澤さんとの打ち合わせを入れるようにします。記憶が鮮明なうちに、前日の磯崎先生との打ち合わせ内容を北澤さんに託します。16時頃、システム担当の田中さんがお見えになりました。我々、首をなが〜くして待っていたので、皆してあれこれ頼み事をしてしました。雄高さんが7月2日のギャラリー新人日記良かったよと言ってくれました。奥様と一緒に感動したそうです。こういう一言、とても有難いです。確かに、2日は白井さんの版画工房に行って感動して、興奮してそのまま書いた日記です。あの日のように、毎日感情込めて書こうと思いました。プラスの言葉もマイナスの言葉もどちらとも影響する力はとても強いものです。プラスの言葉を貰った私は、家までの帰り道ルンルン気分でした。
磯崎新アトリエにてC磯崎新アトリエにてDモスクワ展の平面図7月5日磯崎新アトリエにて。  

ギャラリー新人日記 7月5日

先週に引き続き、瑛九展のDMの発送が300枚残っていたため、その作業を終わらせました。15時頃デザイナーの北澤さんがお見えになり、綿貫さんの誕生日プレゼントに根の部分をマリモのような不思議な形にした蘭と、美味しいチョコレートを持って来てくださいました。私もいっぱい食べちゃいました。
18時から磯崎新アトリエで磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』の制作打ち合わせだったので、手土産に生水ようかんを持って、アトリエの平田さんに磯崎新モスクワ展の様子を伺うため、少し早めにアトリエへ向いました。入社初日の仕事が、磯崎先生と画文集の打ち合わせでした。もう3週間前の話です。前回と同じく、メンバーは編集長の植田実先生、刷り師の石田さん、白井さん、綿貫さん、そして私です。予定より早く打ち合わせが始まり、モスクワ展の展示のために出張されてきた張さんと平田さんらにモスクワ展の写真と図面を見ながら、展示の様子を説明して貰いました。廃虚のような古い建物のレンガの壁に、外光を遮断し、ブラックライトのみで照らされた版画や写真が飾られ、2階にはアルミに蛍光色でシルク刷りされた作品「エレクトリック・ラビンス」が軋む音などの効果音(一柳慧、ルイジ・ノーノ)とともに回転していました。3階には、Re-ruined Hiroshima が3m×10mの巨大パネルになっていました。幽霊屋敷みたいだったそうです。磯崎新先生との『百二十の見えない都市』の打ち合わせは、淡々と決まっていき、新たに決まったものもあり、全部で12都市分あるので残り3都市となりました。
ようやくここまで来たという安堵の表情が皆さんからうかがわれました。刷りの作業はどんどん進めていくということになり、後は、磯崎先生が筆を進めるのみという事で画文集の打ち合わせは終了。最後にアトリエのスタッフが撮影したモスクワ展のビデオを見せて戴きました。ブラックライトを使用し作品を照らす発想、赤や黄色の迷彩や刺繍柄、音。磯崎先生ってファンキーな方だなと思いました。視覚と聴覚を使える展示会が増えると楽しいだろうなと思いました。
打合せ終了後、植田先生、令子さん、綿貫さん、塩野さんの奥様和子さんとベルコモンズにある梅の花にお食事に行き、上品な豆腐料理とお酒でお腹は満たされ、植田先生の編集した処女作のお話などし、皆さんほろ酔いで帰って行きました。

磯崎新アトリエにて@磯崎新アトリエにてA磯崎新アトリエにてB  

ギャラリー新人日記 7月2日

今日は綿貫さんのお誕生日です。還暦だそうです。綿貫さん宛てに深紅のバラの花束が届きました。バラの花束を持ち小野隆生さんのドローイングの絵の前で写真を撮りました。おめでとうございます。瑛九展のDMの発送をする日だったので、切手と宛て先をペタペタと貼る作業をしました。単純作業の中に面白さを見つけると飽きません。一分間に何枚できるか最高記録を出すとか・・・今回は、うぐいす鳥の切手が貼られたDMに切手の洩れがないかチェックしていたら、パラパラ漫画みたいにうぐいす鳥が首を動かしているように見えました。17時に刷り師の白井さんの版画工房の現場に見学に行って来ました。気分は小学生。磯崎新さんの「百二十の見えない都市」を刷っている最中でした。手を傷つけないように鑢で角を削り、筆で塵を取り、フランス製のシャルボネという墨をロールに絡めて銅版に刷り込み、目の粗い生地で墨を拭き取り、さらに繊細な生地で拭き取り、最後は手で拭き取って、銅版の準備は完了。半日湿らせたペーパーと銅版にプレス機で何トンもの圧力を掛けると、あらまぁびっくり!繊細で柔らかい版画が出てきました。感激の一瞬でした。一枚一枚同じことを何度も繰り返す。愛と力を込めて。一つとして同じものは出来ません。単純作業だと言っていましたが切手貼りとは訳が違います。何十年も修行を積み、何度も失敗し、何度も怒られ、何度も誉められ・・・手に入った技術は自分のものとなり、認められ、愛される。
私も挑戦してみました。小さい銅版の裏に壁紙を貼り、表面にグランドを塗り、乾かす。それに針みたいなのでTOY STORYの絵を描きました。この続き(塩化第二鉄による腐蝕)は来週です。8日に白井さんの版画教室に参加させ て戴くことになりました。出来上がりを楽しみにしていくださいね。

版画工房にて@版画工房にてA版画工房にてB版画工房にてC  

ギャラリー新人日記 7月1日

7月になりました。一日一日早く感じるこの頃です。日々充実している証拠でしょう。今日の打ち合わせで、ジョナス・メカスさんの来日が延期になり、9月に予定していたジョナス・メカス展が変更になるという報告があったのですが、皆さん特に慌てた様子もなく、よくあることさっていう反応でした。14時にディス・ハウスの北澤さんと森田さんが来廊し、HPリニューアルのデザインについて打ち合わせをしました。より見やすく、よりわかりやすく、より探しやすく、見る人にとても優しいHPになっていました。打ち合わせ終了後、北澤さんに内間安王星さんのDM用のポジを選んで戴き、私が選んだ水彩画もDMに載りそうな予感です。綿貫さんに「今は勉強中なんだから、沢山の作品や本に触れなさい」と言われました。こんなに沢山の作品に触れることができる機会なんて、そうそうありませんよね。I’m Lucky girl!!
 


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