君島彩子のエッセイ 第4回 「"顔を描く事"について」 2010年8月8日 |
前回までの3回で材料と技法について書かせていただきましたが、最後に私が主題として描いている「顔」について書きたいと思います。
先日、友人から「せっかく墨で描いているのだから龍を描いたら」と言われ、困ってしまいました。 墨で龍を描いた作品は多く、現在も龍のモチーフはよく見かけます。 しかし、私は龍を見た事がないですし日常的に馴染みがないのです。 日常的であることは、ただ記憶されているだけではなく、様々な出来事や情景と共に記憶されている事が多いです。 私が主題としている「顔」は最も日常的な物のひとつです。 顔は日常生活で実際に接する人物だけでなくテレビや写真など様々なメディアを通して普段から目にしています。 そして、顔には単純に造作だけではなく、表情など心情が現れている部分が沢山あります。 私が初めて顔をテーマにしたのは、油彩で友人の描いた作品のシリーズでした。友人の顔は自分にとってはとても身近な存在ですが、多くの人は私の友人の顔を知らないと思います。それでも鑑賞者は知らない顔から色々な想像を広げていきます。 顔はありふれたモチーフではありますが、見る人や見方によって様々な変化を見せます。 現在、私が墨で描いている人物には特定のモデルがいません。 特定の人物ではないからこそ、作品を見た方がその作品の中から新たな人物像を想像してくれるのではないかと考えています。
これは以前発表した作品です。 一人の顔が描かれた作品を壁に貼り、群集が描かれた9メートル近い作品を天井からつるしています。 同じように顔が描かれた作品でも2つの作品の見え方がまるで違うと思います。 特に、たらし込みを使って描く事によりひとりひとりの顔の境界が曖昧になりひとつ塊のように見えていきます。 ニュース等で事故や災害があった時に人数だけが読み上げられる事がよくあります。そんな時に私はこの塊になった群集の顔が浮かび上がってきます。同じ顔でも、時と場合によって様々に見え方が変化する一つの例です。 こうした人間の存在の曖昧さが墨の滲みによって、表現出来るのではないかと考えています。 ときの忘れもので展示した作品も全て顔です。全ての顔にプロフィールはありません。鑑賞者がそれぞれで、滲みの中から浮かびあがってくる顔にプロフィールをつけていただければと考えています。 (きみじまあやこ) 「君島彩子のエッセイ」バックナンバー 君島彩子のページへ |
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