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松本路子のエッセイ
第3回 「ニキ・ド・サンファルとのフォト・セッションB」 2010年5月22日
ニキの世界をめぐる旅  松本路子
1981年にニキを自宅に訪ねて以来、ヨーロッパ各地にある彼女の作品をめぐる旅が始まった。

回顧展が開かれていたドイツのハノーヴァーでは河岸に建つ3体の「ナナ」に出会った。ソフィー、シャルロッタ、キャトリーヌと名づけられたナナたちは、踊り、逆立ちして、実におおらかな像だが、胸やお尻を強調した造形やカラフルな色彩ゆえにスキャンダラスなものとされ、設置された当時は撤去運動までも持ち上がったそうだ。(現在ではニキはハノーヴァー市の名誉市民となっている)

スウェーデンのストックホルムでは、1967年のモントリオール万博の折、フランス館のためにニキとティンゲリーが制作した「ファンタスティック・
パラダイス」を訪ねた。ニキの9体のナナとティンゲリーの6体の彫刻からなる作品は、最初ストックホルム近代美術館のある丘のふもとの公園にあったが、2度目に訪れたときには、丘の中腹に点在する形でのびのびと配置されていた。この美術館は1966年に巨大な女性像「HON」が展示された場所で、その作品でニキのことを知った私にとっては感慨深いものがあった。
ミュージアムショップに立ち寄ると、「HON」の制作時の記録集が並んでいた。中に150部の限定版が1冊だけ残っていて、その表紙には「HON」を解体した際に出た、体の一部が貼り付けられていた。色からすると足の断片らしい。その1冊は今私の手元で大切に保管されている。

ベルギーのクノック・ル・ズートのニキのコレクター、ネレンス氏の邸宅へは何度か足を運んだ。室内では椅子やテーブル、ランプなどの作品が家具として日常使用されている。(余談だが、食事をご馳走になったダイニングルームの壁には、後に日本の美術館が買い入れ話題になった絵が飾られていた。ヨーロッパではこうした個人の家で、歴史的に著名な絵に出合ううことが間々あって驚かされる)

ネレンス氏の庭には、子供のための家「ドラゴン」が建てられている。建設当時6歳だった息子のためのプレイハウスが家ごとニキの作品。バスルームまであって、2階の窓からドラゴンの舌の滑り台で地上に降りられる表面はニキの絵で彩られ、中にはティンゲリーのランプが飾られている。何度目かにそこを訪れると、室内の壁一面にキースへリングの線画が描かれていた。成長した息子とへリングが親しくなったのだという。ニキとティンゲリー、ヘリングの楽しい共演だ。
松本路子
「Niki de Saint Phalle, Bergium, 1985」
1985年(2003年プリント)
パリのポンピドーセンター脇のストラビンスキー広場はパリに行くと必ず訪れる場所。ここにはニキとティンゲリー制作の16個の彫刻噴水が設置されている。彫刻は、ぐるぐる、ばたばたと動き、そこかしこから水が噴き出て、見ていて飽きない。彫刻の位置や水の方向は、1年間に渡り広場の自然状況を調査した結果決められたという。特に初夏の陽射しの中では、色彩はさざめくように光り、風の強い日にはあたり一面に水しぶきが散って、子供たちが裸でシャワーを浴びる光景が見られる。

ニキの写真集を出版する年、どうしても噴水と彼女を撮りたくて、撮影を申し込んだ。そのときニキはイタリアでの仕事で体調を崩していたので、半ばあきらめながらも、パリの安宿で何日も彼女からの連絡を待っていた。もうこれ以上の滞在は無理というある日、ニキから連絡が入った。「パリの病院に行くので、その帰りに噴水の前で会おう」と。帰国の飛行機の便から換算すると私に与えられた時間は約30分。

当日は7月の陽射しが強く、結局撮影できたのは15分ほどだった。だが、ニキはその15分のためにスイスからティンゲリーの助手を呼んで、噴水のメンテナンスと、池の掃除を手配してくれていた。空港にフルスピードで向かう車中で私は大きく息をした。胸には熱いものがこみ上げてきていた。

(まつもとみちこ)
松本路子
「Niki de Saint Phalle, Paris, 1985」
1985年(2003年プリント)

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