飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」 第1回 「唖月色の森(maroon)」―大坂寛の新作の行方 2012年3月27日 |
大坂寛は1980年代に、20歳代にして既に完成された作風の写真家として登場した。1982年に自作の人形を撮影した「The Land of the Holly」でJPS(日本写真家協会)展グランプリを受賞。その後発表した耽美的なヌードのシリーズ「Syzygy」は写真雑誌の誌面を飾り、1985年に日本写真協会新人賞を受賞するなど高い評価を受けた。
だが、その後30歳代から40歳代にかけて、ファッション誌やカレンダーなどの仕事を精力的にこなしていたものの、作品制作という面ではやや停滞気味だったのではないかと思う。作品にぴったりフィットするギャラリーやディレクターに恵まれなかったという所もありそうだが、早くから彼の才能に注目していた僕にとってはやや残念でもあった。 その彼がひさしぶりに新作を発表するというので、期待と不安が相半ばする気持ちで見に行ったのだが、結果的には安心し、満足感を味わうことができた。そこにはいかにも大坂らしい、職人的なクオリティと豊かなファンタジーが合体した作品が成立していたのだ。 新作といっても、正確にいえば10年ほど前に撮影して「お蔵入り」になっていたシリーズだという。モデルになっているのはメイクアップ・アーティストと美容師をしているという双子の女性たち。日本人離れした美貌の持ち主である彼女たちを、大坂のメイン・グラウンドといってもよい森の中で撮影している写真群がとてもいい。彼の女性性へのロマンティックな憧憬が写真によくあらわれていて、二人が発する魔女的なオーラを見事に捉えきっている。双子は、同じ顔をした分身が身近にいるという神話的な存在だが、その奇妙な違和感が写真に奥行きと深みを生じさせているともいえるだろう。 ただ、この作品で彼が完全復活かといえば、まだこの先がありそうな気がする。大坂といえば「Syzygy」に代表されるヌード作品が代名詞であり、そのテーマをより突き詰めた、新たな展開が期待できるからだ。むろん、この「唖月色の森(maroon)」を、単にその先触れであるというつもりはない。これはこれで、懐かしくも神秘的な母なる森への胎内回帰の願望を形にした、素晴らしい作品に仕上がっていると思う。この新作を一つのきっかけとして、ぜひさらに成熟した、スケールの大きな作品世界につなげていってほしいものだ。 (いいざわ こうたろう)
■飯沢耕太郎 Kotaro IIZAWA 写真評論家。1954年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。筑波大学大学院芸術学研究科(博士課程)修了。1990〜94年季刊写真誌『デジャ=ヴュ』編集長。著書に『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)、『日本写真史 を歩く』(ちくま学芸文庫)、『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)、『私 写真論』(筑摩書房)、『「写真時代」の時代!』(白水社)、『荒木本!』(美術 出版社)、『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)、『写真的思考』(河出ブックス)、『「女の子」写真の時代』(NTT出版)など多数。きのこ文学研究家としても著名。その著に『きのこ文学大全』(平凡社新書)『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)ほか。 「飯沢耕太郎のエッセイ」バックナンバー 大坂寛のページへ |
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