飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」 第2回 「細江英公の演劇的想像力」 2012年5月10日 |
1933年生まれの細江英公と、彼の同世代の写真家たちは、1950年代に純粋な「戦後世代」として登場してきた。彼らの上の世代の木村伊兵衛、土門拳、名取洋之助などは、第二次世界大戦以前から写真家として仕事をしていた。だが、細江や1959年にともに写真家グループVIVOを結成する東松照明、奈良原一高、川田喜久治らは、戦後になって大学に進学し、写真を撮影し始めた世代である。彼らは、土門や木村の影響を受けて写真家として出発しながらも、1950年代後半になると、それぞれの方向性を模索し始める。こうして、現実をストレートに描写する「リアリズム写真」や、新聞や雑誌を舞台に社会的なメッセージ性の強い写真を発表する「報道写真」とは一線を画する、新たな写真表現のスタイルが芽生えていった。
その中でも、1960年代以降に個性的、実験的な写真を次々に発表し、最も尖端的な領域を切り拓いていった一人が細江英公である。舞踏家、土方巽とその仲間たちをモデルに、エロスの世界を追求した「おとこと女」(1960年)、作家、三島由紀夫の耽美的な幻想世界を映像化した「薔薇刑」(1961〜62年)、ふたたび土方巽をモデルに、東北の農村の土俗的な神々との交歓を見事に描き切った「鎌鼬」(1965〜68年)など、彼のこの時期の作品群は、今なお見る者を震撼とさせる強烈なパワーを発している。 細江英公の作品世界の特徴をひと言でいいあらわせば、そのたぐいまれな演劇的想像力の発露ということになるだろう。細江は写真家であるとともに、モデルとともに現実世界のただ中に虚構の舞台を立ち上げ、そこに反リアリズム的な劇的空間を組み上げていく演出家でもある。とはいえ、彼の「演劇」はあらかじめ設定されたシナリオによって演じられるわけではなく、むしろモデルの生理的反応、無意識の身振りを積極的に取り込んでいくものだ。細江の写真を見ていると、次に何が起こるかわからない衝動に身をまかせつつ、シャッターを切っていることがよくわかる。 細江の演劇的想像力は、彼が70歳代になった2000年代以降も衰えるどころか、さらに奔放に伸び広がっているように見える。近作の「春本・浮世絵うつし」(2007年)や「Villa Bottini」(2009年)のシリーズを見ても、その創作意欲はよりみずみずしさを増しているようだ。偉大な巨匠としての細江の作品だけでなく、むしろ現在進行形の彼の仕事に注目すべきだろう。 (いいざわ こうたろう)
■飯沢耕太郎 Kotaro IIZAWA 写真評論家。1954年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。筑波大学大学院芸術学研究科(博士課程)修了。1990〜94年季刊写真誌『デジャ=ヴュ』編集長。著書に『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)、『日本写真史 を歩く』(ちくま学芸文庫)、『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)、『私 写真論』(筑摩書房)、『「写真時代」の時代!』(白水社)、『荒木本!』(美術 出版社)、『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)、『写真的思考』(河出ブックス)、『「女の子」写真の時代』(NTT出版)など多数。きのこ文学研究家としても著名。その著に『きのこ文学大全』(平凡社新書)『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)ほか。 「飯沢耕太郎のエッセイ」バックナンバー 細江英公のページへ |
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