飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」 第6回 「西村多美子(NISHIMURA Tamiko 1948〜)」 2014年2月6日 |
西村多美子は1948年に東京で生まれ、東京写真専門学院(現東京ビジュアルアーツ)で学んだ。在学中は唐十郎が主宰するアングラ劇団「状況劇場」の役者たちの写真を撮影していた。1970年の日米安保条約改定を巡って、政治・経済の体制への異議申し立てが相次ぎ、日本中が騒然としていた時期である。
1969年に東京写真専門学院卒業後、西村は北海道から沖縄まで日本全国を旅し始めた。この時期には、個人的な動機で旅をしながら写真を撮るというスタイルが、若い写真家たちの心を捉えつつあった。カメラ雑誌に「何かへの旅」(1971年)を連載した森山大道をはじめとして、須田一政、北井一夫、土田ヒロミらが、カメラを手に東京から地方に出かけていったのだ。高度経済成長と都市化の進行によって、東京や大阪のような大都市と地方との差がなくなってきて、日本各地に残る伝統的な暮らしのあり方が失われつつあったことも、彼らを動かす大きな動機になったのではないだろうか。そんな時、母校の出版局から、写真集を出さないかという話がくる。それまで撮りためていた写真をまとめて出版することにした。 西村の写真集『しきしま』(東京写真専門学院出版局)は1973年に刊行された。タイトルの「しきしま」は日本の古名である「大和」に掛かる枕詞であり、この写真集には1969〜72年に撮影された北海道、東北、北陸地方を中心とした旅の写真がおさめられている。それらを見ると、西村が民俗学や社会的なドキュメンタリーへの関心とはまったく無縁に、あくまでも自らの生理的な反応に促されてシャッターを切っていることがわかる。とはいえ、徹底してプライヴェートな旅の体験にこだわりながらも、そこには1960〜70年代の日本の空気感が生々しく写り込んでいる。 西村がこの時期に撮影した写真群は、その後あまり言及されることなく、ほぼ忘れ去られていた。ところが、2010年代以降になって、ふたたび脚光を浴びるようになる。2011年には写真集『実存―状況劇場 1968-69』(グラフィカ編集室)が12年には『憧景』(同)が出版された。そして2014年には再編集版の『しきしま』(禪フォトギャラリー)が刊行され、展覧会も相次いで開催されている。単純なノスタルジアというだけではなく、西村の写真の切なく、心揺さぶる魅力が、ふたたび認められてきたということだろう。 (いいざわ こうたろう)
■飯沢耕太郎 Kotaro IIZAWA 写真評論家。1954年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。筑波大学大学院芸術学研究科(博士課程)修了。1990〜94年季刊写真誌『デジャ=ヴュ』編集長。著書に『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)、『日本写真史 を歩く』(ちくま学芸文庫)、『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)、『私 写真論』(筑摩書房)、『「写真時代」の時代!』(白水社)、『荒木本!』(美術 出版社)、『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)、『写真的思考』(河出ブックス)、『「女の子」写真の時代』(NTT出版)など多数。きのこ文学研究家としても著名。その著に『きのこ文学大全』(平凡社新書)『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)ほか。 「飯沢耕太郎のエッセイ」バックナンバー 西村多美子のページへ |
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