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飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」
第9回 「普後均(Hitoshi FUGO 1947-)――思考と技術を融合させた希有な作品世界 」  2017年02月16日
 普後均は1947年に神奈川県で生まれ、3歳の時から山形県米沢市で育った。1970年に日本大学芸術学部写真学科卒業後、細江英公のアシスタントを3年間務め、73年に独立してフリーランスの写真家として活動し始めた。 
  普後が青年期を過ごした1960年代後半〜70年代初頭は、日本の写真表現が大きく変わっていく時期であり、森山大道、中平卓馬、荒木経惟といった写真家たちが、個の眼差しにこだわるスナップショットや「私写真」を発表して、同時代の写真家たちに大きな影響力を及ぼしていた。だが、普後はそんな流れからは一歩距離を置いて、あくまで自分の作品世界を緻密に構築していく方向を目指した。学生時代や細江のアシスタントの時代に、撮影や暗室作業のテクニックを徹底して身につけたのも役に立ったのではないだろうか。
  パリ、ニューヨーク滞在を経て、個展「遊泳」(画廊春秋、1976年)、「暗転」(フォト・ギャラリー・インターナショナル、1982年)などで、内面性、精神性を強調するスタイルを確立し、意欲的な個展を次々に開催して注目を集めた。その普後の作品世界が、大きく飛躍したのは、1984年のツァイト・フォト・サロンでの個展で「飛ぶフライパン」として発表され、1997年に写真集『FLYING FRYING PAN』(写像工房)として刊行された連作である。普後はこのシリーズで、見慣れた日常的な道具であるフライパンを、あたかも銀河にきらめく星々や、太陽や月の運行を思わせるような、壮大な宇宙的イメージとして再構築してみせた。彼の鮮やかな思考力と卓越した技術が見事に融合した傑作といえるだろう。
  普後の緻密で粘り強い作品制作の姿勢は、2009年に銀座ニコンサロンで発表され、2012年に写真集『ON THE CIRCLE』(赤々舎)として刊行されたシリーズでも充分に発揮された。彼の家の近くにある、直径6メートルほどの貯水槽、そのコンクリートの蓋の上にさまざまな人物たちが召還され、現実と幻想のあわいを行き来するような、不思議なパフォーマンスが展開される。これまた長い時間をかけて、発想を煮詰めて形にしていった力作である。
  今回、ときの忘れもので発表される「肉体と鉄棒」は、ある固定された空間で繰り広げられるパフォーマンスの記録という意味で、「ON THE CIRCLE」の延長上にあるシリーズである。鉄工所に特注して作ってもらったという高さ2メートル、幅1.8メートルの鉄棒に、さまざまなモノ、人、動物などが乗っかったり、ぶら下がったりしている。これまでとやや違って、その組み合わせは即興的であり、どこかユーモラスでもある。今年70歳になる普後は、円熟味を増しつつも、創作意欲をさらに昂進させ、融通無碍に新たな領域にチャレンジしていこうとしている。この作品を足がかりにして、また次のシリーズが生み出されていくのではないだろうか。
いいざわ こうたろう




普後均 Hitoshi FUGO
《〈肉体と鉄棒〉より 4》
2014年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

普後均 Hitoshi FUGO
《〈肉体と鉄棒〉より 7》
2015年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

 

普後均 Hitoshi FUGO
《〈肉体と鉄棒〉より 12》
2013年撮影(2016年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:44.8×35.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm
Ed.15
サインあり

 

 

 


■飯沢耕太郎 Kotaro IIZAWA
写真評論家。1954年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。筑波大学大学院芸術学研究科(博士課程)修了。1990〜94年季刊写真誌『デジャ=ヴュ』編集長。著書に『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)、『日本写真史 を歩く』(ちくま学芸文庫)、『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)、『私 写真論』(筑摩書房)、『「写真時代」の時代!』(白水社)、『荒木本!』(美術 出版社)、『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)、『写真的思考』(河出ブックス)、『「女の子」写真の時代』(NTT出版)など多数。きのこ文学研究家としても著名。その著に『きのこ文学大全』(平凡社新書)『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)ほか。

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