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飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」
第10回 「都市観察者の眼差し 平嶋彰彦(1946〜)」  2018年09月18日
 平嶋彰彦は1946年、千葉県館山市生まれ。1969年に早稲田大学政経学部を卒業後、毎日新聞社に入社し、西部本社写真部をへて、のちに出版写真部に所属。同期に『カメラ毎日』の最後の編集長となった西井一夫、「ときの忘れもの」を主宰する綿貫不二夫がいた。早稲田時代には学生写真界の名門である早稲田大学写真部に属しており、毎日新聞社入社後も雑誌の取材現場などで腕を磨いていった。
  出版写真部時代の代表作といえる作品に『毎日グラフ』(1985年10月27日号〜1986年1月26日号)に12回に分けて連載された『昭和二十年東京地図』がある。西井一夫が文章を担当し、1986年に筑摩書房から単行本化されたこの連載で、平嶋は浅草、麻布・三田・芝、目黒・品川、本郷・谷中・上野など、戦後40年を経た東京の周縁部を歩き回り、「都市の記憶」を写真で辿り直そうとした。1987年には、亀戸・木下川・小岩から東村山・立川まで、さらに東京の近郊地域に足を伸ばした『続・昭和二十年東京地図』(筑摩書房)も刊行されている。
  世田谷美術館で開催された「東京スケイプ(Tokyoscape: Into the City)」展(2018年7月21日〜10月21日)にも出品されたこのシリーズをあらためて見ると、都市観察者としての平嶋の眼差しのあり方が浮かび上がってくる。写真に写っているのは、バブル経済が大きく膨張しつつあった1980年代半ばの東京とその近郊の眺めであり、戦前からの古い街並みは「開発」という名の下の「街殺し」によって軒並み取り壊され、消失しつつあった。平嶋はその光景を、ことさらに感情移入するわけではなく、広角気味のレンズで平静に距離を保って撮影していく。とりわけ彼の関心を惹きつけているのは、街のディテールであり、視覚的情報だけでなく触覚的情報を取り込んでいることで、あたかも平嶋や西井に同行して東京を彷徨っているような気分になってくる。黒白のコントラストをやや強めて、どちらかといえば闇(影)の領域に寄り添うように撮影しているのも、平嶋の写真術の特徴といえるだろう。
  平嶋は2000年代以後に写真から編集へと活動の場を移し、『宮本常一 写真・日記集成』(毎日新聞社、2004年)、『私的昭和史 桑原甲子雄写真集』(同、2013年)といった注目すべき著作を刊行した。民俗学者の宮本常一が撮影した膨大な量の写真を構成した『宮本常一 写真・日記集成』(全2巻・別巻1)は、2005年に第17回写真の会賞を受賞している。これらの著作においても、写真家として鍛え上げた、画像の細部から情報を引き出してくる細やかな観察力が活かされているのは言うまでもない。
(いいざわ・こうたろう)



ミュージアム コレクションII「東京スケイプ Into the City」出品作品のご紹介
平嶋彰彦
"池袋二丁目・百軒店の取り壊し"?
1985年
ゼラチン・シルバー・プリント
19.0 × 29.0(cm)
≪所蔵 世田谷美術館≫

 

 


■飯沢耕太郎 Kotaro IIZAWA
写真評論家。1954年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。筑波大学大学院芸術学研究科(博士課程)修了。1990〜94年季刊写真誌『デジャ=ヴュ』編集長。著書に『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)、『日本写真史 を歩く』(ちくま学芸文庫)、『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)、『私 写真論』(筑摩書房)、『「写真時代」の時代!』(白水社)、『荒木本!』(美術 出版社)、『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)、『写真的思考』(河出ブックス)、『「女の子」写真の時代』(NTT出版)など多数。きのこ文学研究家としても著名。その著に『きのこ文学大全』(平凡社新書)『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)ほか。

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