井村治樹のエッセイ《イリナとの出会い》 |
<前回 次回> |
「ピラミッドの中の写真集―イリナとの出会い―5」
「ネガを前にして」 イリナ・イオネスコの専属プリンター「マンドレイク」は、メトロのピガール駅から坂を300メートルほど下ったところでした。スタジオの入り口には、『ヴォーグ』や『エル』などの女性誌がうずたかく積まれ、人気カメラマンが撮ったピンナップがボードにたくさん貼られています。イリナが全面的に信頼を置くプリンターなのだから、きっとディレクターは経験豊かな白髪の職人に違いないなどと勝手な想像をしていると、白のTシャツを着た汗だくの青年が、満面に笑みをたたえながら私たちの前に現れました。私より遥かに若い30歳そこそこの青年。癖が強く黒い髪が汗で輝き、眼は大きく澄んでいて、若き日のゲバラのような風貌です。彼がアルゼンチン生まれと聞いて、十分納得できました。茶目っ気のある笑顔と魅力的な笑い声。間違いなくラテン系です。 ソファーから立ち上がり握手をしようとすると、手が薬品で汚れているという仕草で両手を上げて会釈だけを交わしました。そして、大きな声でペーパータオルをもってくるように受付にいた女性に頼んでいました。先ほどコーヒーをもってきてくれた女性が彼の妻でした。スタジオでは、受付と経理を担当して彼の仕事をサポートしているのです。彼女は彼と正反対で、冷静で頭が切れ、情に流されることのない理性をもっている女性に見えました。悪く言えば、愛想のない冷たく少し意地悪な印象の女性でした。イリナも私と同じ思いのようでした。どうも彼女が苦手で、時に生意気だとさえ感じていたようです。それが、後にイリナと「マンドレイク」との間に大きな亀裂を生む原因になるとは、その時は想像さえしませんでした。 イリナは、そのサンパティックな青年に私を紹介すると、自分のすべてのネガを出すように頼みました。スタジオの入り口のすぐ左手に4人掛けのソファーがあり、そこにイリナと私とコリーヌが腰を掛けると、センターテーブルにネガの入った箱が積まれていきます。それはイリナとはじめて会って、4時間が過ぎようとしたころでした。青く澄んでいた空も次第にオレンジ色に染まり、あっという間に日が暮れていきます。それまで気づかなかった車のヘッドライトの光が、ガラス張りのスタジオの扉と窓を照らし、天井に反射していています。ネガの箱がうずたかく積まれていく間、多少疲れで放心状態の私は、天井の反射が左右に鋭く動くのをただボーッと見ていました。ネガの箱がほぼ出そろうと、黄色のダーマト(ガラスにも書ける色鉛筆)とルーペが渡されました。センターテーブルには既に大きなライトテーブルが置かれ、明かりをつけると、その上にスリーブ状になったネガが並べられ、いよいよチェックの始まりです。 誰が決めたわけでもなく、いつのまにか手分けがなされ、効率の良い作業と化していました。作業の流れは単純でした。私がCD-ROMに入れたい写真を選び、ダーマトでチェックを入れる。それをイリナが発表しても良いかどうかをチェックして、最後にコリーヌが確認する。ただこれだけ。ただこれだけのことですが、これは私にとって、ただの流れ作業ではありません。目の前には、イリナの全作品がスッピンの状態で、一糸まとわず光りの上に横たわっているようなものです。滅多に人目に触れることのない妖精のようなネガを、ルーペでさらに拡大して凝視できる。作家が見せたくない試し撮りも、だめだしされた仕草も、無防備に初対面の私の前に晒される。大笑いするエヴァや露出の狂いなど。それらを目撃できる驚きは不意打ち以外にはないのです。ただ、あまりにも無防備な不意打ちのために、私はこの立場を理解できず、やっと冷静になり、気付いたころにはすでにネガの3分の2をチェックし終えていました。それから慌てて、積み上げられた残りのネガからできるだけ多くのことを読み取ろうと思いました。一回のポーズで何ショット撮るのか、またイリナは何にこだわって撮り直したのか、ラインティングのライトは何灯なのか等々、それらの謎を解く鍵がここにあるのです。(つづく) 2008年3月27日(いむら はるき) イリナ・イオネスコ 「Porte Doree 15」 1972(Printed in 1998) Gelatin Silver Print 9.8×14.4cm Ed.10 Signed こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから 【TOP PAGE】 |