井村治樹のエッセイ《イリナとの出会い》

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「ピラミッドの中の写真集―イリナとの出会い―6」

「ネガからわかること」
 ネガを見てわかったことをお話ししましょう。まずショットについて、イリナ・イオネスコは一つのポーズにせいぜい3ショットしか切りません。それにはたいへん驚きました。モデルに大音量のユーロビートを聴かせながら自然な動きを連写でとるカメラマンとは違い、イリナはポートレイトを撮るように、静かにポーズを決めてからシャッターを切ります。手の指は閉じずに指の一本一本を広げるとか、足の裏は見せないなど、ポーズには事細かに指示を与えます。それならスタジオ用の三脚を使い、固定で撮っても良さそうなのですが、なぜか手持ちで撮ることが多いのです。もっともイリナが三脚を持っている姿を今までに見たことがありません。どうも三脚は彼女を不自由にする道具なのでしょう。彼女がファインダーを覗きながらベストショットを探し、切り取るには手持ちに勝る自由はないのかもしれません。そのような手持ちの影響でしょうか、イリナのピントはやや甘いというのが定説になっています。私が思うには、ピントではなく、ミラーアップによる極小な手ぶれだと思います。後ピントか前ピントといったものではないように思うのです。それにしても、スポットライトに近いライティングで、よくあのような作品を生み出せるものだと、ただただ感心してしまいます。
 助手を使わないイリナは、ニコンFのフォトミックだけをたよりに露出を決めていました。その露出は適正で、しかも正確です。彼女の寝室がスタジオとなっていたことは以前お話をしましたが、撮影環境をあえて変えないのは、シンプルな撮影環境によって被写体にだけ集中できたからではなかったでしょうか。寝室のなかでのライティングやアングルについて、イリナはすべて頭に入っていたように思います。山のようなネガは、イリナの適正露出の正確さを物語っていました。しかも、なんと美しい明暗のバランスでしょうか。イリナは間違いなく天才です。
また、構図についても、イリナの写真にはトリミングの必要はありません。完璧な構図です。そんな完璧な写真を撮るイリナですが、なぜか写真集の編集やデザイナーがするトリミングにはこだわりませんでした。逆版についても同じで、彼女は全く無頓着です。どのように使われようとも気にしない。私は、イリナのそのようなところがとても不思議でなりません。ノートリミングにこだわる者や、サイズにさえこだわる写真家がいますが、彼女にそのようなこだわりはないようです。彼女のネガを見る限り、ノートリミングが最も良いと思えます。イリナの絵は視野率100%のファインダーのなかで、構図と構成を決められ、作画されています。イリナの見ているそのファインダーを再現することが、私の使命です。ですのでプリンターにもノートリミングを求め、プリントを焼いてもらうようにしました。私の作ったイリナのCD-ROMも写真集も、余計なトリミングはしていません。イリナからの注文ではなく、それが私のポリシーです。
 実は、ネガのなかに遊びでシャッターを切ったものが含まれていました。あのエヴァが子供らしく大笑いをしているショットです。エヴァのあどけない笑い顔をみて、「エヴァは笑うのですね」というと、イリナは一言「ビアン シュール(もちろん)!」と答えました。(つづく)
             2008年3月27日(いむら はるき)

イリナEva1
イリナ・イオネスコ
「Eva 1」
  (Printed in 1996)
  Gelatin Silver Print
  27.5×19.0cm
  Ed.20  Signed



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