食事の間、イリナのペットと言うより、同居人の猫のブルースが、私に仕切りと体を押しつけてきました。イリナはそれを見て嬉しそうに「ムッシュ・井村が好きみたいだね」と言っていました。私もなんだかブルースにと言うよりイリナの部屋に馴染みはじめ、床にしかれたラグの上であぐらをかいてブルースを膝に乗せました。すると今度は「お!影武者!」と言って私を茶化すのです。「そうですよ。影武者です」。そう言うと本当にイリナ・イオネスコは嬉しそうに微笑んでいました。
イリナはことのほか日本贔屓です。映画は黒澤が大好きで、猫を飼い始めたのも「まあだだよ」の影響です。「まあだだよ」については、来日した時もことあるごとに話題にするほどでした。イリナがモノクロの映画は勿論のこと、カラーになってからの黒澤にも興味を持っていることは意外でした。私は思いきってこんな質問をしてみました。「モノクロとカラーの違いは何ですか?」。これについては私が作ったCD-ROMの中にインタビューが収められているので聞いた方もいらっしゃると思います。ただイリナはその都度ややニュアンスの違う答えをします。この時の答えはこうでした。「モノクロの写真は、私にとっては現実とは違う世界を表現するものです。それだけに、より芸術的な世界なのです。それに対して色のある世界は現実です。より現実的だし、色があると言うだけで、現実を模倣しなければなりません。私の意識は芸術的な物へ向かう事よりも、現実を表現しなければならないという不自由さを強いるものなのです。クライアントに求められてカラーを撮ったことがあるけど、自分からはあまり撮らない。モノクロームの世界が私にとっては作品に集中できる世界だし、私の表現したい芸術的世界なのです。また私はスナップをほとんど撮りません。カメラを首から下げて目をぎらつかせて歩き回る写真家ではないのです。私は被写体を作ります。自然を描く作家ではないのです」。
芸術という形式を与えることで作品が生まれるとしたボードレールの美意識に相通じる物があります。またこの形式こそが、イリナがとても好きなタームなのです。
「井村。今日は私の親友のクリスチャン・スペングラーを紹介します。午後、時間がありますか?」。別段、何も予定がなかったので快諾。するとイリナ続けてこんな話をし始めました。「彼女はフォトジャーナリストです。しかも中東で女性を撮っています。とても危険な所ですが彼女は憑かれたように戦地でシャッター切っています。是非、彼女に会ってください。彼女の考えるモノクロームの世界とカラーの世界はとても興味深いと思いますよ。私は行けないけど、是非会ってきてください。連絡しておきます」。そう言うとイリナは彼女に電話をかけ始めました。そして午後2時に予定を組んでしまったのです。もう少しイリナとブルースと遊んでいたかったのですが仕方がありません。そんなに私に会わせようとしたい写真家は一体どのような方なのだろうか。想像を膨らませながらメトロに乗りました。それは想像以上にショッキングな出会いでした。さてこの続きは次回に!(つづく)
2008年12月23日(いむらはるき)
イリナはことのほか日本贔屓です。映画は黒澤が大好きで、猫を飼い始めたのも「まあだだよ」の影響です。「まあだだよ」については、来日した時もことあるごとに話題にするほどでした。イリナがモノクロの映画は勿論のこと、カラーになってからの黒澤にも興味を持っていることは意外でした。私は思いきってこんな質問をしてみました。「モノクロとカラーの違いは何ですか?」。これについては私が作ったCD-ROMの中にインタビューが収められているので聞いた方もいらっしゃると思います。ただイリナはその都度ややニュアンスの違う答えをします。この時の答えはこうでした。「モノクロの写真は、私にとっては現実とは違う世界を表現するものです。それだけに、より芸術的な世界なのです。それに対して色のある世界は現実です。より現実的だし、色があると言うだけで、現実を模倣しなければなりません。私の意識は芸術的な物へ向かう事よりも、現実を表現しなければならないという不自由さを強いるものなのです。クライアントに求められてカラーを撮ったことがあるけど、自分からはあまり撮らない。モノクロームの世界が私にとっては作品に集中できる世界だし、私の表現したい芸術的世界なのです。また私はスナップをほとんど撮りません。カメラを首から下げて目をぎらつかせて歩き回る写真家ではないのです。私は被写体を作ります。自然を描く作家ではないのです」。
芸術という形式を与えることで作品が生まれるとしたボードレールの美意識に相通じる物があります。またこの形式こそが、イリナがとても好きなタームなのです。
「井村。今日は私の親友のクリスチャン・スペングラーを紹介します。午後、時間がありますか?」。別段、何も予定がなかったので快諾。するとイリナ続けてこんな話をし始めました。「彼女はフォトジャーナリストです。しかも中東で女性を撮っています。とても危険な所ですが彼女は憑かれたように戦地でシャッター切っています。是非、彼女に会ってください。彼女の考えるモノクロームの世界とカラーの世界はとても興味深いと思いますよ。私は行けないけど、是非会ってきてください。連絡しておきます」。そう言うとイリナは彼女に電話をかけ始めました。そして午後2時に予定を組んでしまったのです。もう少しイリナとブルースと遊んでいたかったのですが仕方がありません。そんなに私に会わせようとしたい写真家は一体どのような方なのだろうか。想像を膨らませながらメトロに乗りました。それは想像以上にショッキングな出会いでした。さてこの続きは次回に!(つづく)
2008年12月23日(いむらはるき)