建築を訪ねて「現代美術と磯崎建築〜北陸の冬を楽しむツアー」に参加して〜その2(中上邸イソザキホール) 浜田宏司のエッセイ・番外編
日本橋でちいさなギャラリーを構えている私ですが、キャリアのスタートは建築設計でした。1980年代後半に建築を学んだ文化学院在籍中、当時のデザイン界を席巻していたポストモダン・ムーブメントの流れの中で、建築/プロダクトデザイン/アート/イベントと、ジャンルを超え横断的な活動でさまざまなメディアの顔となっていた磯崎新は、ヒーロー的な存在でした。思い返すと、建築家の卵の視点で、建築家が設計した空間体験も、授業の一環として訪ねた「お茶の水スクエア(1987竣工)」の施工現場だったこともあり、以降、日本各地に点在する磯崎建築を訪ねるのが旅の密かな楽しみとなりました。 ときが過ぎ、生業を建築設計から舞台/イベント関連の制作にシフトしてからというもの、磯崎建築の空間体験は別の次元で更に加速します。磯崎建築は、美術館や劇場などの公共建築や企業の自社ビルが多いため、建築を訪ねたとしても空間体験は、外部か施設内の一般に公開されているエリアに限られます。ところが、舞台スタッフの立場として磯崎建築に対峙することで、一般人が立ち入ることが出来ないディープなエリアまで磯崎新設計の劇場建築(つくばセンタービル/ノバホール、東京グローブ座、カザルスホール、京都コンサートホール、なら100年会館、グランシップ/静岡芸術劇場、など)を堪能出来たことは、生涯の宝となっています 。 しかし、磯崎ファンとして唯一訪ねたことの無い建築カテゴリーが「住宅建築」です。そもそも作品数が少ないことに加え、プライベート空間に招かれる機会などあるはずも無く、あきらめるというよりも、この空間を体験することは不可能だと思っていました。ところが、昨年末ときの忘れもののメールマガジンから「現代美術と磯崎建築〜北陸の冬を楽しむツアー」のお誘いがあり、訪問先には中上邸が含まれているではありませんか! 「この機を逃すまい」と、同ツアーに参加させていただいた次第です。旅の道中や他の訪問先は、綿貫さんや石原さんのブログに詳しいと思うので、中上邸イソザキホールにフォーカスした空間体験を綴ってみたいと思います。ご存知の通り磯崎さんは、作品が発表されるたびに、ご自身のエッセイで作品のコンセプトや引用先を解題されていますが、今回はあえてそういった文献には眼を通さず、肌で感じ取った体験談を誤訳を恐れずにそのまま書き起こしてみたいと思います。 ※磯崎新設計の住宅建築に関する考えを詳しく知りたい方は、「手法が/鹿島出版会刊 (1997/04)」に収録されているエッセイ「ヴィッラの系譜」や、竣工当時の中上邸が紹介されている「GA HOUSE 14 /エーディーエー・エディタ・トーキョー刊 (1983/07)」を一読することをお勧めします。 1月24日、ツアー一行は福井駅に集合し、マイクロバスで最初の訪問先、福井県立美術館で開催中の「福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―」を拝見しました。そして、勝山の主力観光スポットでもある黒川記章設計による「福井県立恐竜博物館」に向かいます。が、ツアーの工程表には、その途中で中上邸の“外観見学”とルートが組まれています。最初は「後で内部も含めてゆっくり見学するのに、なぜ、途中下車してまで外観を見学するのか?」と、不思議に思っていましたが、恐竜博物館見学後中上邸で開かれる中上家の方々と地元コレクターの皆様との懇親会のために訪れた時は既に日没で、結果として昼間と夜では違う表情を見せるファサードを見学することが出来ました。その時は、ツアー主催者の判断とファインプレーに、心の中で拍手を送りました。 さて、待望の磯崎建築の個人住宅の名作中上邸を目の前に、雑誌や著書を通して想像していた建築が周辺の環境や素材感を伴って立ち現れた感慨として、「ああ、やはり"住宅" ではなく、"VILLA" なんだなぁ。」という言葉が最初に脳裏に浮かんできました。 磯崎ファンはご存知のことと思いますが、磯崎新設計の個人住宅作品は、基本的に"VILLAシリーズ"と呼ばれています。"VILLA=ヴィッラ"(ヴィラとも表記するそうですが、ときの忘れものエディションに習い、ここでは"ヴィッラ"で統一します)とは、古代ローマ時代に上流階級の人々が郊外に建てた「家屋」を語源とします。その後この言葉は、一時別の意味に置き換えられるものの、中世のイタリアで再びカントリー・ハウスを意味する言葉に返り咲き、以降、郊外にぽつんと立っている一軒家の呼称として定着していきます。 中上邸をモチーフにした版画作品「ヴィッラ Vol.3 NAKAGAMI HOUSE」を参考にして、この建築のどの部分にヴィッラとしての魅力を感じたのかを検証してみましょう。 結論から言うと、大胆な建物の配置と計算された外構計画に、その理由が集約されていると考えられます。 前面道路側に建築物とほとんど同じ面積の前庭を置いた大胆な配置は、通り沿いの住宅や電柱などのインフラから距離をとり、建物のスケールも相まって前面道路に立った鑑賞者が建築と対峙した時に、ファサードがかなり遠くに感じる視覚効果を生みます(大げさではなく)。さらにこの効果を高めているのが、外構の意匠です。一般的な住宅地において、前面道路側に庭を設けて、室内の採光の確保や屋外のプライベートスペースとして利用することは別に珍しいことではありません。しかしその場合、外壁や植栽を敷地境界に設けて外部からの視線を遮断する対策が講じられます。結果、植栽などで視線を遮られた建築は通行人の眼に触れることはありません。しかし、中上邸では、前面道路に面したコンクリートの外構を低く抑え、母屋に向かって延びる側面の外構を高くすることによりパース効果を生み、建築に奥行きを与えます。 また、この視覚効果は、前面道路を渡って反対側の歩道から建築を見た時に一層強調されます。腰の部分まで雪に埋もれたその姿は、草原の中に小さいながらも凛とした姿で来訪者を迎え入れるヴィッラの雰囲気を十分想起させてくれます。 外観や敷地計画に負けじと、内部空間も、磯崎新の建築言語満載の濃密な空間が展開され来訪者を迎え入れてくれます。
(浜田宏司/Gallery CAUTIONディレクター) 「建築を訪ねて」バックナンバー |
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