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建築を訪ねて

アントニン・レーモンドのドローイングと建築
2015年11月

建築家のドローイング展」より、8人の建築家の作品と建築を順次ご紹介していますが、本日はアントニン・レーモンドです。
ル・コルビュジエもそうでしたが、レーモンドのタブローやドローイングを見ると、建築作品の端正な雰囲気とまったく異なる、むしろ荒々しくエモーショナルな感じさえする画面に驚かされます。モダニズム建築を代表する建築家の内面にほとばしっていたエネルギーがうかがえます。
後述するように、レーモンドの建築及び絵画作品は亭主の15歳のときから馴染みのものでした。


アントニン・レイモンド Antonin RAYMOND
《作品》
1957
紙に水彩
21.0x27.5cm
Signed

 
アントニン・レイモンド Antonin RAYMOND
《色彩の研究》
紙に油彩
64.1x51.6cm
Signed and dated

■アントニン・レーモンドの建築

[群馬音楽センター]
1961年
撮影:綿貫不二夫

1961(昭和36)年に高崎市民の寄付金を基にして建てられた[群馬音楽センター]は、日本に於けるモダニズム建築の代表の一つとされ、群馬県を代表する文化施設の一つです。構造形式は最大スパン60mの鉄筋コンクリート折板構造で、内部は地下1階・地上2階で構成されています。
磯崎新先生をして「日本におけるモダニズムのもっとも良質な部分をこの建物でみることができる。」と言わしめた名作です。

 
[群馬音楽センター]
撮影:綿貫不二夫


[聖ポール教会](現・軽井沢聖パウルカトリック教会)
1934年竣工
軽井沢
撮影:綿貫不二夫

1935年に英国人ワード神父によって設立されたカトリック教会で、軽井沢の歴史的建造物となっています。
傾斜の強い三角屋根、大きな尖塔、打ち放しのコンクリートが特徴で、レーモンドの故郷チェコのお隣り、スロバキア地方の伝統なデザインを取り入れています。
内部の屋根を支えるトラスは、荷重が素直に流れていくような、すっきりとした構成となっています。この丸太を使った小屋組みはレーモンド設計の他の住宅や事務所でも見られますが、まだもののない時代に、最小限の材料で作ろうと考案された架構だそうです。構造がそのまま内部の意匠にもなっています。

*画廊亭主敬白
亭主が3人の建築家の名前を知ったのは中学3年から高校1年にかけての15歳のとき、オスカー・ニーマイヤー、立原道造、そしてアントニン・レーモンドです。
前二者について述べるのは別の機会に譲るとして、亭主がレーモンドの名と建築を知ったのは1961年、浅間山麓の高原地帯(嬬恋村)から高崎高校に入学した年でした。
入学して間もなく亭主はマンドリンに出会い、このこのブログで幾度も言及している井上房一郎さんの知遇を得ます。レーモンドの有名な麻布笄町にあった自邸をコピーしたのが井上さんの自宅(現・高崎哲学堂)で、ことあるごとに呼ばれたり、こちらから押しかけたりしました。井上さんが社長をつとめていた井上工業が施工してレーモンドの畢生の名作、群馬音楽センターが高崎の町に完成したのが、その年の7月でした。
井上さんが戦後間もなく創立に尽力した地方初のオーケストラ、群馬交響楽団の本拠として建築された群馬音楽センターには井上さんの「高崎に音楽、美術、そして哲学の場をつくりたい」という夢がこめられています。
レーモンドに音楽センターの、磯崎新先生に群馬県立近代美術館の設計をゆだねたのが井上さんでした。


1962年11月21日
群馬音楽センターにて
(高崎市民音楽祭)
高崎高校マンドリン・オーケストラ
指揮は17歳の亭主

TMO(高崎高校マンドリン・オーケストラ)は第一回定期演奏会以来、ほとんどの年をこの音楽センターを舞台にしています。思えば幸せな少年時代でした。いつかレーモンドの個展を開きたいと思っています。



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