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建築を訪ねて

高崎市のレーモンド建築ツアー
伊丹千春
2018年8月

6月23日に群馬県高崎市で開催した「レーモンド建築ツアー」に参加してまいりました。


旧・井上房一郎邸(写真:塩野哲也)

この「レーモンド建築ツアー」は、文化のパトロンといわれた高崎の実業家・井上房一郎さんの生誕120年の記念すべき年ということもあり、ときの忘れものが主催、開催いたしました。ツアーでは旧井上房一郎邸(1952年竣工、麻布笄町のレーモンド自邸の写し)と群馬音楽センター(1961年竣工、レーモンド設計)の二つを、塚越潤さん(高崎市美術館長)と、井上さんと近しかった熊倉浩靖さん(高崎商科大学特任教授)のお二人に案内していただきました。
参加者は美術館の学芸員、大学教授、建築家、建築関係の編集者、銀座の画廊オーナー、アーティスト、企業の文化支援担当者など21名。私以外はいずれも建築にお詳しい方ばかりで、地元からも井上房一郎さんを直接知る方(高崎高校の卒業生)がお二人参加されました。

熊倉さんには以前ブログに「井上房一郎先生 生誕120年にあたって」を寄稿していただきましたので、合わせてお読みください。熊倉さんが井上房一郎とレーモンドの関係や歴史については詳しく書かれているので新米の私は建築に関して見聞きしてきたことをレポートしたいと思います。

まず、高崎駅から直ぐの高崎市美術館に附属する旧井上房一郎邸へ。


講義をして下さるのは建築がご専門である館長の塚越潤さん。(写真:中村惠一)

 
長く井上房一郎さんの助手を勤めた熊倉浩靖さん。(写真:中村惠一)


晩年の井上房一郎さん(写真提供:熊倉浩靖)


自邸を焼失してしまった高崎市の建設会社井上工業の社長・井上房一郎が、東京・麻布の笄町(こうがいちょう、現 港区西麻布)に建てられていたレーモンドの自邸兼事務所を再現しようとし、レーモンドの快諾、図面の提供を受けた後、井上工業の職員に建物を実測させ、1952年に建設したのがこの旧井上邸です。母屋との関係でレーモンドの自邸とは東西が反転しているのですが、レーモンドの建築の原型を伝える貴重な作品となっています。
奥に見える書は日本初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹博士。井上さんと親交がありました。(写真:塩野哲也) )



ここが居間です。柱や梁を2つに割った丸太で挟み込んだ「鋏状トラス」がしっかり屋根を支えるとともにその圧倒的存在感を見せつけています。こういった構造が堂々と人目に付く場所に存在しているという事がなんだか新鮮で不思議に思えました。杉板と断熱材と野地板で作られる軽い屋根ぶきは地震に強く実際震災に見舞われた時も損傷はなかったとのこと。そして壁のベニヤ板には真鍮釘がびっしり打ってあります。間柱にしっかりくっつけてありこちらも意匠と耐震を兼ねて作られています。また、南側の引き戸(ガラス戸と障子)は広く開放する事が出来、庭園と一体となった部屋のように感じます。当時から日本の風土を考え抜いた設計だった事がうかがえますね。(写真:塩野哲也)
 

「ここに井上さんがくつろいでいた舞台(日本舞踊のための)があって」と少年時代の思い出を語る綿貫不二夫。(写真:塩野哲也)


高崎高校時代から井上さんに親炙した熊倉さん(右)と綿貫不二夫(左)(写真:塩野哲也)


ついつい話に力が入ってしまう・・・(写真:塩野哲也)


熊倉さん(左)と塚越さん(右)は高崎高校の仲の良い同級生です。(写真:塩野哲也)



(写真:中尾美穂)


(写真:中尾美穂)


この旧井上邸で火打梁があるのは居間だけでした。面白いのは隅にあるのではなく真ん中にあるという点でデザイン面も考えられています。暖炉も居間の中央付近に位置しています。ちなみに電気溶接の無い時代のガス溶接でつくられた形のよい暖炉です。
入り口付近の鴨居上には壁がなく廊下と居間が一体になった広々とした部屋でした。(写真:新澤悠)

次に寝室へ。



奥の窓は芯が外れています。寝室だけでなく、居間、和室、台所でも同じような窓に出会いました。(写真上:吉川盛一、下:新澤悠)


これは台所の窓ですがこちらも芯外し。窓と柱が分離していることで窓を開け放つことができより光を取り入れて明るい空間になります。(写真:新澤悠)


手前のソファベッドは引き出し式。ここにあるテーブルはレーモンドの妻であったノエミ・レーモンドのデザイン。ここからもこの建築が井上房一郎とレーモンド夫妻の合作であったことがわかる、と熊倉浩靖さん。(写真:新澤悠)

和室に行きます。

まず入って目の前南開口部に一本面皮柱が和の雰囲気を醸し出しています。この窓が四角く切り取られることで外の紅葉が迫ってくるように見えます。秋に来たいですね。(写真:尾立麗子)


垂木の間隔は一尺二寸ピッチで統一され、それに合わせて、壁が少しずれています。(写真:新澤悠)


高さの無い床板は奥行き2尺。本床の奥行きが一般的な3尺ではありませんがその理由は台所に行って分かります。(写真:新澤悠)


和室前のこの建具。画像だとふすま2枚が見えますが実際もっと広くてふすま2枚では閉まりません。なのに2枚しかないのは謎だそうです。(写真:新澤悠)


丸太同士はほぞに突っ込んであります。別の場所で丸太を組んで確認してから運んできたそうです。屋根の勾配は3寸と比較的ゆるい傾斜のため木組みが大変難しかったとの事です。丸太で挟んだ部分はボルトをつけただけというシンプルな造り。(写真:新澤悠)

台所です。今回のツアーでは普段非公開の台所、浴室も研究目的のため特別に見学させていただきました。



奥の窓、向かって一番左が少し小さくなって意匠的なバランスを合わせています。そしてご覧のとおりキッチンの奥行きが段違いになっていて収納スペースと作業台、水場がうまい具合に配置されています。この壁反対側がちょうど和室の本床で、奥行きをずらすことが各部屋の役割をうまく手助けしています。(写真上:中村惠一、下:新澤悠)

浴室です。


この浴室は入り口から正面に風呂、その奥に大きな窓があります。実際のレーモンド邸は庭の先にプールがあったそうですが浴室が閉鎖的な空間であったり暗かったりしがちな日本家屋と対照的な印象です。ちなみに壁には空気の循環を助けるラジエーターがあります。ラジエーターは居間、寝室でも確認できます。(写真:新澤悠)


ここで仏間や茶室へ向かうのですが、この建物は日本の建築に合わせて軒が長くなっており雨がきれいに落ちるようになっているのです。この日ちょうど雨が降っていました。雨の滴り落ちる光景は風情があります。(写真:新澤悠)


元々焼失した母屋の一部と言われる仏間。(写真:新澤悠)


一間の押入れがあり奥に仏壇、位牌が入る。(写真:新澤悠) 茶室に向かいます。

 
茶室は約4畳ととても小さく入り口は大人がやっと出入りできるほどの大きさ。(写真:新澤悠)

旧井上房一郎邸は井上さんの死後、市民財団に買い取られ、「高崎哲学堂」と呼ばれ講演会を開催するなど市民に親しまれました。現在は高崎市の所有となり、隣接する高崎市美術館が管理しています。
大きな居間と寝室の間に開けたパティオ、玄関があったり芯外しの窓があったり、空間の内外をなるべく隔てないような建築、それでいて日本の伝統的な和室も設けられている。これがモダニズム建築かと思いつつ、外観だけでなく災害の多い日本の風土を考慮した造りに名建築の名建築たる必要条件を思い知らされた気がしました。





 
最後に玄関からのパティオと庭園。
もともとのデザインではガラス屋根は無かったそう。(写真3枚とも:吉川盛一)

〜〜〜〜〜
その後は群馬音楽センターへ。
レーモンドの代表作であるこの建物については、昨秋ときの忘れものブログ「10月25日はアントニン・レーモンド没後40年」で画廊亭主がその歴史などを書いていますので、今回は内容がかぶらないように建築になどにより重点をおいて見てゆこうと思います。


この特徴的な側面の折板構造(不整形折面架板構造)の壁は剛性が大きくなることのほかにコンクリートの使用量が少なく経済的であることからも採用されたようです。施工は井上工業。完成は1961年(昭和36年)、画廊亭主が高崎高校に入学した年です。(写真:新澤悠)


側面。折板構造がよくわかります。屋根の厚さはわずか12cmととても薄いのですが、旧井上邸の屋根の軽さを思い出します。(写真:新澤悠)

 
1階ロビー。目の前はアントニン・レーモンドギャラリー。レーモンドの作品を見ることができるとともに群馬音楽センターや旧井上邸の模型も展示されています。(写真:新澤悠)

 
群馬音楽センター第一案模型(写真:新澤悠)


群馬音楽センター第二案模型(写真:新澤悠)


群馬音楽センター最終案模型(写真:新澤悠)


模型の展示に夢中になる面々(写真:中尾美穂)


音楽センター緞帳下絵(写真:新澤悠)


柱のない特徴的な階段が見えます。(写真:新澤悠)


竣工当初は東洋一といわれた壁画(ホワイエ・フレスコ画)。(写真:新澤悠)

いよいよコンサートホール内へ


コンサートはもちろん、歌舞伎や能、オペラなども上演される、光の差し込むコンクリートのホール。折板がこのホールに特有の残響特性をもたらす。 当日夜に「高崎市民吹奏楽団」のコンサートが予定されていましたが、楽団のご好意で本番前の練習をお聴きすることができました。(写真:塩野哲也)


特別に舞台裏に入らせてもらいます。折板は裏側まで続いています。ここから音楽が生まれるのかと思うと興味深いです。(写真:中尾美穂)


天井を見上げると旧井上邸を彷彿とさせる構造が見えます。(写真:新澤悠)

この建物は高崎市の文化的シンボルとして高崎市民に親しまれているとのこと。老朽化で取り壊しの話も出たようですが、レーモンドの意匠を凝らした壮大な建築空間を全面的になくしてしまうのはあまりに惜しいですね。保存だけでなく、市民の方が使えるような再生がされればいいなと思います。
夕食は画廊亭主の同級生が経営する高崎きっての名店「魚仲」でした。

今回、新米の私はスタッフとして参加しましたが、建築や美術関係者など、専門家の方が参加してくださいました。そのため着眼点が多様で思いもよらぬ質疑応答があったりと知識を深めることができました。
参加された塩野哲也さんが編集刊行した『WebマガジンColla:J』7月号(高崎特集)もぜひお読みください。
現在、森美術館において『建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』が開催中で、レーモンド作品も出品されています。とてもタイムリーな展示なので私も行ってみようと思います。
レーモンド建築にご興味のある方は軽井沢タリアセン園内の『ペイネ美術館』もおすすめします。レーモンドが1933年(昭和8年)に建てた「軽井沢・夏の家」と呼ばれるアトリエ兼別荘を移築したものだそうです。
今回お写真を提供してくださった、コラージ・塩野哲也さん、ベクトル・吉川盛一さん、中村惠一さん、ペイネ美術館の中尾美穂さん(順不同)、ありがとうございました。
講師として貴重なお話を聞かせてくださった塚越潤さん、熊倉浩靖さん、拙い素人の文章を添削してくださった高崎市美術館の学芸員の方には、たいへんお世話になりました。群馬音楽センターの事務局の方、本番直前の見学を快く承諾してくださった高崎市民吹奏楽団の皆様ありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。

それでは最後に今回のツアー参加者からの感想の一部をご紹介しながらお別れしたいと思います。お読みいただきありがとうございました。
(いたみちはる)


(写真:新澤悠)

●STさん
先日は高崎ツアーのアテンド頂き、心より感謝申し上げます
群馬県立美術館から少林山、音楽センター、井上邸と
素晴らしいエッセンスをまわらせて頂き、本当に勉強になりました
熊倉先生や塚越館長はじめ、県美の田中さんや少林山のご住職など、
色々な方のお話を伺い、房一郎さんやタウト、レーモンドの実像が
多角的に浮き彫りになってきた感じがします
なかでも、音楽センターの素晴らしさには感嘆しました
これはぜひ、沢山の方に訪ねていただきたいと思いますので、
コラージ誌面でも、力をいれてご案内したく存じます
頂いた資料も大変な労作と思いました
本当にありがとうございました

●INさん
先日は充実した見学会、ありがとうございました。
参加者の方々とも有意義な意見交換ができました。

●NMさん
過日はありがとうございます。あのような機会を作ってくださって、心から感謝いたします。最初に熊倉さんのご都合を聞いてくださっただけでも光栄でしたが、みるまに豪華なツアー企画になっていて、綿貫さんのお力をあらためて知る思いでした。 夏の家ではふすまや暖炉がかなり型破りな感じでわかりにくかったのですが、井上邸の洗練された佇まいに目をみはりました。熊倉さん、塚越館長の専門的で詳細な解説をはじめ、皆様のお話とともに初めての見学ができましたこと、心からありがたく思います。行き届いた管理も羨ましい限りです。
音楽センターのトラスと曲線の構造もモダンで、雨が落ちるのがきれいでした。おっしゃるように雨天で幸運でした! 皆様の青春時代のお話、楽しかったです。

●TMさん
土曜日は初対面にもかかわらず温かく迎えてくださり ありがとうございました。
美術館やギャラリーでの展示もそうですが、建築もやはり説明があるのとないのでは
大違いで、しかも井上さんを知る皆さまから直接お話しをうかがえた大変貴重な会に
参加できとても有意義な時間を過ごさせていただきました。
昔のパトロンは自分のことよりも社会全体のことを考え、器が違うと改めて思いました。
いま、そういう人たちはどこへいってしまったのだろうかと思います。

●HIさん
本日は大変お世話様になり、ありがとうございました。
熊倉さま、塚越さま、綿貫さまの貴重なお話、ありがたかったです。
お蔭様で、井上邸や群馬音楽センターを、高崎を、
本当の意味で楽しませていただいた気がいたします。
引き続き宜しくお願いいたします。
梅雨の時期、どうぞ御身お大切になさってください。

●KRさん(facebookより)
ときの忘れもの 主催の 井上房一郎&アントニンレーモンド ゆかりの建築ツアーに参加しています。
旧井上房一郎邸。
麻布にあったレーモンド自邸を反転させたプラン。木トラスという珍しい構造のモダニズム平屋。細かなディテールでは、オリジナルの碍子に電線が流れ、今も生きて使われていました。驚き。
高崎駅前一等地、マンションが立つエリアにある広大な邸宅の建築保存。公売にかけられたところを市民団体が最初に落札するなど、随分と苦労があったようです。曲折を経て市民の財産を残す手法は、参考になりました。
そして… 群馬音楽センター。
圧巻のコンクリート&構造美。交響楽団がパワフルにキャンディード♪をゲネ中。バックヤードも見せてもらい、素晴らしい音響も愉しませていただきました。
全国のコンクリート文化会館建築が取り壊されつつある昨今、この建築は最後の砦として生き延びて欲しいものです。
昨日はありがとうございました。建築を愛する皆様とご一緒でき、刺激を頂くとともに、勉強させていただきました。若い世代の私達も耳を澄まして記憶を紡いでいく次第です。また宜しくお願いします!

●TMさん
本日はレイモンドツアー堪能いたしました、ありがとうございました。
塚越さま、熊倉さまの丁寧なご説明と、綿貫さんの青春時代の貴重なお話を伺うことができ、井上氏がどれだけ高崎市の人々に、また文化土壌に、影響を与えたかを垣間見ることができました。やはり現地で当事者にお話を聞くのはとても楽しいものです。
このような企画にお声をかけていただき誠にありがとうございました。
また機会があれば参加させていただきます。




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