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建築を訪ねて

中根秀夫「はるかな時のすきまで」川口市の旧田中家住宅
中根秀夫
2018年09月

  連鎖しあうプロセスは、それぞれに言葉で満たされている。砂浜の引き波が砂を巻き込んで持ち去り、また返しに来るように、たっぷりした水面が持ち上がって波頭を立てたとき、海面の表膜は破れ、内部に保たれていた言葉が白くしぶきとなって放たれる。それを受けとめようとするとき、言葉は少し手を濡らしただけで再び海に戻っていきがちだ。それでも次の波が来るときにまた、別の言葉が採集できるはずなのだ。差し出した手はその都度、しぶきをくぐり、次の言葉を待つ。(光田ゆり「プロセスの海」より)

はるかな時のすきまで A plus viewing 02 – ephemeral / eternal」展は、様々なメディアに取り組む若手・中堅作家と、川口の街に住んだ故中村隆氏との計8名で、旧田中家住宅の洋館・和館と、離れの茶室に作品を設置する展覧会である。

旧田中家住宅は、味噌醸造業・材木商として財を成した4代目田中コ兵衞(1875-1947)により建設された。コ兵衞は本業に加え、埼玉味噌醸造組合理事長、南平柳村村長、埼玉県会議員、貴族院多額納税者議員などの要職に就いた人物で、迎賓を目的としたこの建築は、大正12年(1923)に木造煉瓦造三階建の洋館が竣工、昭和9年(1934)には和館部分が増築され今に至る。意匠が尽くされた和洋折衷建築は、現在では川口市立文化財センターが国登録有形文化財として管理している。



おおかたの展覧会タイトルと同様に、「はるかな時のすきまで」というフレーズも日本語的な感覚が貫かれている。長い話なので経緯は省略するが、このタイトルに「ephemeral / eternal」という英語のサブタイトルを付したのは、企画者ではなく私なのだ。解釈には意外と困難が伴うが(グーグルのAI翻訳にかけてみるとわかる)、フレーズ全体で見れば、結局これは「すきま」についての話ではなく、「すきまで」起こる何かを問うているのであって、その何かについては読み手に委ねられる、というところまでが日本語構造の中に織り込まれている。以下、この言葉について短く記しておきたい。

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こんなことを考えてみる。

私が今ここで朝食を取っている時、あなたは何をしているのだろうか。今日これから展覧会場に出かければ、あなたと会うかもしれないし、会わないかもしれない。いや、私のことなど知らないあなたは展覧会には行かないだろう。でも、もしかしたら偶然に新宿駅の改札ですれ違うかもしれないし、あるいはいつの日か別の場所で巡り合うかもしれない。あなたと私という関係以外にも、かようなプロセスは幾重にも交差し、あるいは交差せずに、それぞれの人がそれぞれの一生を終える。

プロセスは人と人との関係にのみ生じるのではなく、その対象は例えば、あなたが見上げた飛行機雲かもしれないし、お気に入りの絵本の1ページかもしれない。それは掌の上の小さな時計の秒針かもしれないし、ガラスに挟まれた一片の青い花びらかもしれない。その場に開かれた小さなプロセスに小さな言葉が放たれ、その言葉はあなたの指先に微かに触れる。

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ephemeraとは蜉蝣(カゲロウ)のことであり、そこから極めて儚いものの存在を指示し、形容詞形ephemeralはその時間性を意味する言葉となる。

私の眼差しの先では、「はるかな時のすきまで」という展覧会タイトルは「(ephemeral)/ eternal」のような構造で解釈される。「すきまで」という言葉が指し示すのは「 / 」(スペース・スラッシュ・スペース)の部分となる。私たちは、あるいはこの「すきま」にこそ存在するのであって、そして言葉が微かに指先に触れる次のプロセスを待つ只中にある。
 


2階書斎:大正12年(1923)に竣工。田中コ兵衞の書斎。白い天板の花台(ケヤキ製)。足元にかけてアーチを描く。吊り下げ灯には円形にクリスタルの飾り。台上に《Ephemeral eternal》。奥に継続中のドローイング。

 
《Ephemeral eternal》2018年/乾燥した花びら ガラスシャーレ/φ160 x h. 30 mm


《Flowing down》2008年/ガラス(サンドブラスト)/420 x 298 x 5mm


腰板がやや高い位置まで張られている。左:《Untitled (Blue Carnation)》2012年/デジタルプリント/237 x 296 mm(プリント寸) 右:《Flowing down》2008年/ガラス(サンドブラスト)/420 x 298 x 5mm


書斎のコーナーには三角の形(セゼッション様式を踏まえたと思合われる)をした飾り棚。ミズナラ製。棚の中に《白い鏡の中に- in a White Mirror》2015年/鏡(サンドブラスト)/420 x 298 x 5mm。この作品の片割れは「茶室」に。床は寄木張り。

 

2階座敷:数寄屋書院風の和室。天井に屋久杉、床框に黒檀が使われている。床の間に《鏡の中の (mimoza)》2012年/色画用紙 アクリル/410 x 318 mm(各)。手前畳の上に平田星司さんの作品。


茶室(水屋):《白い鏡の中に》2015年/鏡(サンドブラスト)/420 x 298 x 5mm、 《Ephemeral eternal (Flowing down)》2018/2004年/乾燥した花びら ガラス(サンドブラスト)/178 x 298 x 5mm(2点)


《Ephemeral eternal (Flowing down)》2018/2004年/乾燥した花びら ガラス(サンドブラスト)/178 x 298 x 5mm(2点)


茶室:昭和48年に京都から職人を呼び寄せ使って作られたとのこと。《Forget-me-not, 20170225 09:41》2018年/デジタルプリント/110 x 158 mm(プリント寸)。下は小野美穂さんの作品。


《Ephemeral eternal》2018年/勿忘草 ガラス瓶/φ95 x h.160 mm

撮影は全て中根秀夫による。©Hideo Nakane

*制作にあたりいくつかのメモを拙ブログに残しましたので、こちらもご参照いただければ幸いです。

『はるかな時のすきまで』メモ

戦火のなかの

Untitled / 2012年

*引用した光田ゆり氏のテキストは記録集「海のプロセス−言葉をめぐる地図(アトラス)」に収録されています。

(なかね・ひでお)




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