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建築を訪ねて

植田実「美術展のおこぼれ〜「建築」への眼差し―現代写真と建築の位相」
植田実
2018年10月

植田実のエッセイ
「美術展のおこぼれ」第49回
 

「建築」への眼差し―現代写真と建築の位相
会期:2018年8月4日(土)〜10月8日(月)
会場:建築倉庫ミュージアム

 この企画展を見に、はじめてこの場所を訪ねた。
 「建築倉庫」って名前がいいな、と前から思っていた。写真や図面、模型や素材見本が勿体振らずにそのまま並べられているイメージだ。「ミュージアム」はその「倉庫」が閉じているのではない、訪ねてくる者に開かれていることを告げる肩書にすぎないのだろう。
 「「建築」への眼差し」は、その建築倉庫ミュージアム展示室Aを使った企画展だ。ちらしには内外13人(日本人写真家は7人)の出品写真家の名と「建築写真における「記録」と「表現」」と題された、企画・鈴木布美子による簡潔・適確な主旨が載っている。
 それを会場で実際に確かめると、それぞれ1件の建築(住宅、集合住宅、教会、博物館、美術館、音楽室など)を撮影した、さまざまなサイズのプリントが展示されている。その建築家は、青森県立美術館を手がけた青木淳のほかは海外の、それもミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエ、メリニコフ、バラガン、ジョンソン、ニーマイヤーなどの巨匠から、ホライン、サフディ、ズンドー、リベスキンド、ヘルツォーク&ド・ムーロンといった現代建築の中枢的作家が勢揃いし(青木はそのなかで最年少)、それぞれの代表作を写真家たちがカメラを通して見た、その見かたをほぼ40点(1建築作品につき写真1点から5、6点でまとめられている)のプリントから私たちは教わる。そのような企画展示である。
 ずいぶん下世話な紹介になってしまって申しわけないのだが、建築倉庫ミュージアムの入場料が一般3,000円、大学生/専門学校生2,000円、高校生以下1,000円という、一般の美術館と比べてやや特別な額であることにたいしての感想を、予備知識ないままにここを訪ねてきた一入場者として言っておきたいのである。入場料を記したすぐあとに、展示室Bの分も含む、といった案内もついており、そちらの質と量もメイン会場・展示室の副次的な展示でもおまけでもない充実ぶりなのだが、私はメインの展示だけで入場料の価値、十分にあったと感じた。
 13人の写真家がそれぞれ、よく知られている建築家の設計した建築を撮影した。それは例えば竣工時の建築を、建て主、設計者、施工者あるいは出版社や読者のために記録をとる、いわゆる建築写真家という専門業の営為と同じにみえて、平たく言えばただの竣工写真にはしていない。
 ジェームズ・ウェリングはジョンソンの自邸である「グラスハウス」とその庭や近くに配した別のパビリオンを撮影し、その「プリント面にアクリル絵具を塗布する 注1 」ことで絵画的なタッチを垣間見せ、またマリオ・ガルシア・トレスは建築としてのバラガン邸を庭の繁みのなかに隠し、コロリンのチジミ、トマトソースかけやカスタードケーキ風のフランなど、「彼が愛した料理のレシピ 注2 」を庭の写真にあしらうことで、バラガン邸の味わいを伝えようとしているかにみえる。ルイザ・ランブリの、円筒の壁に縦六角形の窓を無数に開けたメルニコフ自邸の、その変形開口部だけを凝視することで説明を超えたところに建築の全体を感じさせる眼も、個人の戸建て住宅がありえなかったあの時代あの国を位置づけるために、なまなかの建築写真を否定した「アート」を引き寄せている。  ここには宮本隆司のプリントもある。その写真歴のはじまりから建築専門誌において数々の建築の工事過程、竣工、生活を撮影してきたプロとしての経歴が長く、その後に同じ建築を対象にしながらそれを見る視線の方向を突然変異的に転換してしまう。ここでは彼はリベスキンドによるユダヤ博物館を5点のプリントで見せているが、工事中や竣工時の記録であることを拒否し、廃墟的であることの傍らをサッと通り抜けて一種完全な建築に辿り着いてしまう。そんな光景に入っていける。
 ことばを変えれば、ここではどの写真もいわば写真集という印刷物の枷から降ろされて伸び伸びとしている(私の仕事はその印刷物をつくることなのだが)。端的には本のサイズを超えたプリントが、思いもかけない写真体験に直面させるのだ。こんなに簡単な仕掛けはほかにない。それを徹底して、見る者の自意識に接触してくる、印刷物はもちろんのこと、展示でもじつはほとんどない。  畠山直哉が、サフディの「アビタ‘67」を撮った写真に驚いた。タイトルどおり1967年のモントリオール万国博で建設された集合住宅で、プレキャスト・コンクリートの箱形ユニットを隙間なく、ではなく隙間たっぷりありで12階の高さまで積み上げた。会期後は一般に分譲あるいは貸与されている。個々の住宅の存在が、集合のなかに埋もれるのではなく、ちゃんと見えるというサフディ年来の考えが博覧会建築のチャンスを得て遺憾なく発揮された作品だが、実際に年間を通して住むとなると外気に接する面(上階ではとくに)の大きさが問題になるかもしれない。この事例に限らず現代建築の見た眼と使い勝手の微妙な境界を、畠山は冷静に、愛情をもって私たちに見せているのだ。
 そのためには出版物ではあまりあり得ないプリント・サイズ(60×47p、2点)が重要になるだろう。ほかにもホンマタカシがニーマイヤーによるカノアスの邸宅を撮った写真は150×200pが3点。彼の写真集で見る、じつに自由だがツボは絶対にはずさない建築が大プリントで自分に近づくと、幸福感は眼で見ることを超える。つまりはそこにとどまる身体になる。  そして会場の入り口正面の壁には、杉本博司による「無限の倍という焦点距離を設定 注3 」してのル・コルビュジエのサヴォア邸の写真。「優秀な建築は、私の大ぼけ写真の挑戦を受けても溶け残るということを発見した 注4 」その1点だろう。このシリーズに初めて接したときは、どうしてこんな発想ができるのか驚嘆するばかりだったが、今回対面したのはこれまでにない大きなサイズで、近づくほどに自分の視界が翻弄されてしまう。「大ぼけ写真」の魔力がたしかにあった。
 図柄、ディテール、テクスチャ、これら写真のどれもが絵画とはまるで違う症状を呈しはじめている。それを余計な説明や演出ぬきでストレートに展示している。会場設計は田根剛。一昨年のポンピドゥー・センター傑作展(東京都美術館)で画期的ともいえる会場構成を手がけた建築家が、こんどはじつに可愛らしい悪戯で遊んでいる。
 この企画展は、私の取材が遅れたためにあと数日で終わり。ごめんなさい。次は10月21日から「新素材×旧素材」展が始まり、入場料はやはり一般3,000円。こちらも期待できそうだ。
(2018.10.2 うえだまこと

注1、2「建築への眼差し」案内より。
注3、4「杉本博司」展(森美術館2006-07)カタログより。写真家のコメント。

 

会場入口タイトルパネル
撮影:おだちれいこ


ホンマタカシ《カノアスの邸宅》(建築:オスカー・ニーマイヤー)
2002
インクジェットプリント
各150x200cm
撮影:おだちれいこ


畠山直哉
アビタ '67(建築:モシェ・サフディ)
2005
ラムダプリント
各60x47cm
撮影:おだちれいこ



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