優れた同時代作家の紹介と、歴史の彼方に忘れ去られた作品の発掘を目指す、オリジナル版画入り大型美術誌 版画掌誌「ときの忘れもの」第04号 特集1:北郷悟 特集2:内間安瑆
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版画掌誌『ときの忘れもの』第4号 編集後記 綿貫不二夫
盛岡詣でを始めて四半世紀になる。1974年に創立した現代版画センタ−(〜85年) の旗揚げにかけつけてくれ、私が初めて企画した「版画への招待展」を全国に先駆けて開いてくださったのが、MORIOKA第一画廊の上田浩司さんだった。作家を見る眼は 厳しく私の版画人生の師匠であり恩人である。
あるとき上田さんが大切にしているテラコッタの小品を見せてくれた。風が吹き抜 けていくような感覚に魅了された。北郷悟という初めて聞く名前を、いつかチャンスがあったらと私は頭の引出しにそっとしまった。
三年前の初夏、作家本人が私たちの画廊にひょっこり来られた。とても偶然とは思 えなかった。ギャラリーせいほうの田中譲さんが、北郷悟彫刻展を一緒にやらないかと声をかけてくださり、チャンス到来と本誌での特集を企画し、版画制作を依頼した。夏、猛暑の中、白井版画工房に通った作家は8点の銅版を制作した。その内、3点 を本誌に挿入する。作家にとって初めての版画作品である。
1976年春、上野の都美術館で開かれた日本版画協会第44回展で見た内間安瑆の木 版画『In Blue(Dai)』(1975年 47.6×73.4cm Ed.30)は衝撃だった。何の予備知識 もなかったが、のびやかな彫りの線が生み出すユ−モラスなかたちと鮮やかな色彩のハ−モニ−、従来の木版画にないものを直感した。この作家はただものではない、図録の名簿にあったニュ−ヨ−クの住所に手紙を出した。幾度かの手紙の往復があり、ご夫妻で来日された折り、鳥居坂の国際文化会館で初めてお目にかかった。スマ−トな立ち居振る舞い、深い学識に裏付けられた木版への確固とした信念、圧倒されるばかりだった。
うちまあんせい−沖縄特有の名前から知られるとおり、ご両親は沖縄からの移民だ った。
教育は日本でという親の勧めで開戦直前の日本に留学し、戦後、恩地孝四郎 と出会う。妻子を連れてアメリカに帰り、幾度かの作風の変遷を経て、1977年頃から 始まる「色面織り」の方法を深化させ、遂に『Forest Byobu』シリ−ズに行き着いた とき、自分は木版で独自の表現を獲得したのだという自信にみち溢れていた。この『森の屏風 Forest Byobu』のテクニックについては作家自身が『版画藝術』第38号 (1982年7月)に「版木=Birchベニア板8面、絵具=Winsor-newton,Gouache水彩絵 具、摺り度数=約45度摺、用紙=福井県岩野氏による生漉奉書ド−サ引き、以上をバ レンと木版用絵具刷毛を使用して伝統的手摺りの方法で制作」と記録している。
私がエディションの制作を依頼すると、いまは次から次へと新しいイメ−ジがわい て来て、それを彫り込んで数部を摺り上げると、直ぐ次の作品に取り掛かるんだ、とても君の希望する50部、100部を摺っている時間はないよという(早過ぎた晩年の 『Forest Byobu』シリ−ズのほとんどはA.P.のみ数部が摺られたのみである)。私は それなら日本で摺り師を用意しますから、版木を送ってくださいと懇望した。浮世絵系統の摺り師ではあの静謐な品格は出せないだろう、現代の木版作家に摺りを依頼する手もあるが果たしてあの微妙な色彩のバランスを崩さずに45度摺りもの作業をやり おおせるだろうか。摺り師米田稔氏に巡り会えたのは僥倖であった。試摺りが日米を往復し、1981年12月現代版画センタ−の460番目のエディションとして『Forest Byobu(Fragrance)』(74.3×44.0cm Ed.120 本誌21頁掲載)が発表された。唯一、 他人に摺りを委ねた作品である。
現代版画センタ−の機関誌のために1982年7月にニュ−ヨ−クで行なったインタビ ュ−を本誌に再録したが、当時の制作の充実ぶりがうかがえると思う。その数か月後、突然の不幸が作家を襲った。いわば絶頂期で制作が中断されたのである。長い長い闘病生活を経て、昨2000年 5月、79歳の生涯を静かに終えられた。18年間、献身的 に看病を続けた同志俊子夫人もあとを追うように12月に亡くなられた。
二つの祖国をもった作家の評価が日本では不当に低くはないか。このままでは歴史 の彼方に忘れ去られてしまうかも知れない。多くの人にこの作家の真価を知ってもらいたいとの私の願いに、ご遺族の安樹さんがこたえてくださり2点の後刷りを挿入す ることができた。もとより作家自刷りのオリジナル版画が存在する以上、後刷りには慎重な配慮が必要である。自戒しつつ、今後も作家の顕彰につとめたいと思う。
同時代の優れた作家と、時の彼方に忘れ去られた作家や作品を紹介する目的で創刊 した本誌も3号雑誌に終わることなく、4号を出すことができた。購読者各位に深く感 謝したい。
2001年10月
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