ときの忘れもの ギャラリー 版画
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堀江敏幸のエッセイ「かぎりなく喪失を所有する薔薇――倉俣史朗展」
かぎりなく喪失を所有する薔薇   ――倉俣史朗展(ギャラリーせいほう)  2021年01月31日
MG_9461銀座ギャラリーせいほう 「倉俣史朗展 ―Shiro Kuramata Cahier 刊行記念展」より (会期:2020年11月16日―11月28日) 撮影:塩野哲也




 床を歩く靴の裏の重さにとまどう。乾きはじめたコンクリートの上をいたずらして歩いたときや、未舗装の道の雨上がりの泥濘に足を踏み入れたときの感覚、あるいは家の壁にする赤土を踏ませてもらった足裏の記憶がよみがえってきた。粘り気というより、それは重さだった。軽さと対比させる抽象的な概念ではなく、重さという具体的な物質に全身を押さえつけられているようなのだ。とにかく重い。プールでさんざん泳いだあとのような途方もない疲労に襲われ、一歩進むのにひどく時間がかかる。ギャラリーは明るい路面の硝子窓に囲まれていて、光を通すアクリルや風の抜けるメッシュ状の椅子にはどれも水に浮きそうな軽さが感じられるのに、なぜか身体の芯が動かない。重力がよじれて、私はバランスを崩した。  

倉俣史朗の名をはじめて目にしたのは、1970年代末に刊行されたオーディオ雑誌のなかでだった。当時は大手家電メーカーが独自ブランドのもとに覇権を競いあっていて、地方の電器屋にさえどこかしら似たような顔の機種がならんでいたのだが、展示してあるのは国産の現行品ばかりで、専門誌に美しい写真とともに紹介されている海外製品は、ほぼ想像上の産物だった。『SOUND SPACE』と題されたその大判のムックには、「音のある住空間をめぐる52の提案」という副題がついていて、オーディオ専用の閉鎖空間ではなく、リビング、キッチン、寝室、仕事部屋のような生活の場に個性ある機器をいかに融け込ませるかが指南されていた。カタログでしか知らない高価な機器が設置された家々は、遠い恒星のように現実味がなかった。当時はまだ中学生である。建築やインテリア、デザイナー家具に関してはまったくの無知だったが、形姿が音に先立つこと、すぐれた形姿はそれだけでひとつの音になりうることはなんとか理解できた。音が空間によって視覚化されることに気づかされたと言ってもいい。  

コンクリート打ちっぱなしのデザイン住宅、メゾネットタイプのマンション、北欧の輸入住宅と、紹介されている家には幅があった。とくに印象に残っているのは、アムステルダム・コンセルトヘボウの音響と空気感を意識したという木目調の内装に、JBL ハークネスの横型がみごとに収まった田中一光の自邸だったが、おなじく木目調の寝室の例を示したべつの頁の写真にも惹きつけられた。設計・東孝光、撮影・藤塚光政。現在の私はこの寝室が1971年竣工の粟辻邸の一部であり、ボーズ901Wに見下ろされているキッチンや、三角柱の二面にユニットを配したアリソン・ワンがたたずむリビングと縁戚になることを知っている。船室のような寝室のベッドの棚にどんなシステムを置いたらいいのか。編集部からの提案は二例あって、そのひとつが、ナカミチのチューナー付き斜傾型プリアンプ630と同形のカセットデッキの600Uに、フィリップスのパワードスピーカーRH541を組み合わせたコンパクトなシステムだった。そこに、黒川雅之デザインのランプ「コブラ」S-20 が載っている。庶民でも手の届きそうな大手家電のシステムコンポーネントのカタログなどにもこうした演出がなされていたけれど、洗練の度がちがった。雑誌のなかにしかない幻の音を嘆賞し、ふと雑誌ののどのあたりに目を移すと、傘に白いシーツをかぶせたような、固いのかやわらかいのかわからないつるつるした奇妙な生きものがいた。これはいったいなんなのか。オーディオ評論家でプロダクト・デザイナーでもあった瀬川冬樹が文章を担当していて、「乳白アクリルのオバQスタンドの柔らかな光が部屋を照らしだします」と書いていた。  

これはランプなのか。姿の見えないオバケのQ太郎は、オーディオ装置と調和し、眠りにふさわしい灯りをともすといった機能とはべつの方向に思考を引き出した。空間的な調和や音響的な調和を超えた先の、剥き出しの思念がそこにあった。ひどく生々しいのに、目立たないところに隠れていられる透明な重さ。なかになにが入っているのか。宙に浮かぶ軽い気体ではない。Q太郎がかぶっている服はバケトロン・バケミロンという、洗濯をしなくても脱いでおけば自然に汚れが落ちる未知の素材である。バケトロンをまとうことでなにが便利になるかではなく、便利さとはなんなのかを考えることに人を誘うこの奇妙な照明器具のクレジットには、倉俣史朗という名が記されていた。  

雑誌のなかで姿を消していたオバQがとつぜん現実のものとして現れたのは、縁あって足を踏み入れることのできた野見山暁治邸「海の階段」でのことだ。篠原一男設計の、巨大なコンクリートの水槽にひろがる創造の内海に、乳白色のくらげが身を潜めていた。鉄の扉の入口からながい階段がまっすぐに伸びていて、アトリエに通じる踊り場をさらに数段のぼると、展望台を想わせる居住空間に達する。仕切りはどこにもない。アトリエを見下ろすと、正面にガラリのある小さな扉が、腰の高さに浮いている。床とその扉をつなぐのは三段の階段箪笥で、移動させれば扉は《トマソン》的な用途不明の出入口になる。その階段の右手にある棚と、玄関から伸びる海の階段から見て右側に位置する窓下の棚は同一の意匠だった。最初、アトリエに並んでいる描きかけの絵に引き寄せられて、淡い光を放つゼラチンの一枚布をかぶった生きものが「オバQスタンド」だと気づかなかったのだが、バケトロンを成形したのは水圧であり、深海の想像を絶する重みを受け止めうるのは、浮き袋が破裂するかしないかの限界まで上昇できる軽さであること、オーディオ雑誌に隠れていたあの重さは、聞こえない音圧がもたらしたものだと感じはじめた。ギャラリーで味わった泥濘の重さも、そこに通じるものだったのだろう。  

倉俣史朗のスケッチから制作したシルクスクリーンを中心とする《カイエ》が展示された清潔な空間に脚を踏み入れて、足が鉛のようになったとき脳裏に浮かんだのは、変幻自在な「オバQスタンド」の重さと、最初から額装を待っていたかのような律動だった。ほんとうは描いてはいけないものが描かれている。まして立体化されることを望んでいない形象が、なぞられている。スケッチとそこから起こされた作品のあいだには不思議な隔絶があった。造花の薔薇がふわりと浮かぶ。多孔質の金属でできた一枚布を風が吹き抜ける。無重力への願望を、倉俣史朗は語っていた。吹き抜ける風はしかし、椅子を宙に舞いあがらせるかわりに、空力によって地面に押しつけているようにも見えた。  

少年時代の記憶をたどる散文詩のような『未現像の風景』のなかで、倉俣史朗は、疎開先の静岡で体験した冬の月夜の空襲の記憶を語っている。爆裂音と炎に包まれた地獄絵ではない。むしろ静寂の野に置かれた能率の高いスピーカーから聞こえてくるような、レーダーによる追尾を攪乱するために米軍がばらまいた通信妨害用錫箔の、「シャラシャラシャラシャラシャラ」という乾いた落下音に彼は耳を傾けていた。舞いながら落下してくる銀の蝶は、照明弾の大玉のように記憶のなかで静止し、時間を超越した映像として固着している。どんな軽さも重力にひかれて落ちてくる。風のようにいつまでも舞い続けるわけにはいかない。だから冬の枯れ木にひっかかって、風に吹き飛ばされるまでそこにとどまり、重力を相手に自分自身の存在の仕切り直しをする。  

1988年に発表された〈ミス・ブランチ〉が「薔薇の浮遊」であり、「絶対停止の静寂と死の香りと共にある」(鈴木了二)という見方に私は頷く。重さと軽さを対立項として考えないという意味でもあるだろう。造形することが、造形しないことを内包している。死んでいる状態から、生きている手触りが剥き出しになる。仏像の尊顔がデスマスクになり、休息のベッドが棺に転じる。停止した薔薇の花びらは、この凪のなかで揺れを失った錫箔だ。琥珀に閉じ込められた太古の昆虫とはちがって、〈ミス・ブランチ〉の樹脂に固められた薔薇は最初から命のない造花である。ブランチの名は、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』の主人公から取られているという。しかし架空の人物をスケッチし、樹脂を流し込んで椅子にまで仕あげていく死の道筋として、それはあまりにできすぎではないか。  

「欲望」という名の路面電車に乗って「墓地」で乗り換え、「極楽」で降りる。ブランチは「美しい夢」と名付けられた領地から、尾羽打ち枯らしてニューオリンズのフレンチ・クォーターに住む妹のステラのもとにやってくる。ステラは星。星空には、ジャズのかわりにあの「シャラシャラシャラシャラシャラ」が鳴っている。フランスから入植したユグノー派の子孫にあたるブランチの綴りは、仏語読みでブランシュ。白い意味になる形容詞ブランの女性形だ。白は清廉、清潔、純粋だけでなく、空虚、空白をも意味する。ミス・ブランチの中味は空っぽなのだ。彼女はステラの夫スタンレーの同僚ミッチに、年齢をごまかし、過去を偽って歓心を買う。ミッチは空白に夢中になり、「ばらの騎士」となって薔薇の花束を持ってやってくる。身に付けている安物の毛皮、模造ダイアのティアラ、ジャスミンの香水、スミレの造花のどれもが、メキシコ人女性が売りに来る死者への弔花のようだ。死者に送るその花束をブランチは拒む。自身を死に追いやる花束を彼女は拒む。  

ならば、スケッチをシルクスクリーンにするのは弔花の受け入れなのか。そうではない。存在の仕切り直しである。〈ミス・ブランチ〉のためのスケッチは美しい。はかなげで、細くて、軽い蝶の筆致に揺らいでいる。それでいて、冬の枯れ枝にかかった錫箔のように重い。

MG_970468. 《ミス ブランチ(1988)》 "MISS BLANCHE(1988)" 25.0×32.0cm 15版 13色 15度刷り





エリア・カザンの映画のモノクロ画面では、はっきり識別できないところもあるのだが、弔いの花はけばけばしい錫箔の造花である。倉俣少年が戦中に眺めた米軍産のきらめく幣は、ブランチの耳に響く幻聴の銃声で揺れる。原作の第九幕で、ブランチはミッチに、闇は私にちょうどいい、闇が好きだと言う。幼少時の思い出と密接に結びついた闇の造花。アクリルの作品群は、透明で軽やかであればあるほど重みを増し、闇の穴に近づく。香水瓶は賽の河原の石になり、香りの照明弾になって空襲後のきなくさい臭いを発する。ブランチの安っぽい香水も造花もひとつの美である。『欲望という名の電車』の生成過程のひとつは、Blanche's Chair on the Moon と題されていた。この椅子は坐るためのものではない。月影を淡く照り返す、空っぽの人型である。1970年、「壁の椅子」を作ったとき、倉俣史朗は「僕自体が受ける一種の社会的な不安感」があったと述べている。「安定のいい椅子に坐れば坐るほど、僕はどうも不安になってきて、むしろそうでないところにウジウジいたほうが精神的に安定する部分というのがありますね」(多木浩二との対話)。壁にくり抜いた人型の穴は、ポンペイの遺跡の、灰に埋もれた死者を型にした刳り型に見える。火山灰という風に舞う軽い粒子が、トン単位の熱い重さとなって、ブランチの椅子にのしかかる。死者は、掘り返され、存在が仕切り直され、命が裏返るのを待つ。薔薇を散らした椅子は墓であり、遺骨を入れる匣でもあるのだ。

  薔薇よ、熱烈でしかも明るいもの、
  聖女ローズの遺骨匣
  とでもいえそうな……きよらかなはだか身の
  あのなやましい匂いをただよわす薔薇。

  もはや誘われることもなく、むしろ身のうちの
  平和にとまどう薔薇、エヴァからも、またそのはじめての
  おそれからも遠くはなれた、最後のこいびと――
  かぎりなく喪失を所有する薔薇。 

                  (リルケ「薔薇」\、山崎栄治訳)

 安定した椅子が、いつのまにか時代に取り残されて不安定になり、椅子の機能を失う。そのときはじめて、椅子のなかの椅子でない要素がせり出してくる。〈ミス・ブランチ〉を含むシルクスクリーンには、そこに描かれていないもの、描かれてはいけないもの、壁の人型に収まってもなお可視化されないなにかが描かれている。「かぎりなく喪失を所有する薔薇」が錫の箔でできていることを、喪失を所有できる者だけが透明さの裏側に触れることを、ブランチは知っていた。1970年代なかば、「どちらかというと意識的にスケッチを避けている」と語っていた倉俣史朗は、「スケッチを描いていく途中で、むしろほんとうにやろうとしたことからフォルムの面白さみたいなものにどんどん移行しちゃう恐れがある」のだとつづけている(「事物の逆接」)。しかしこれが真実だとは思えない。恐れを抱いていた当の本人は、「ほんとうにやろうとしていること」と「ほんとうにやろうとしたこと」のあいだの防空壕のような空白にとどまり、バケトロンをかぶっていまも姿を消したままなのだ。

MG_9656銀座ギャラリーせいほう 「倉俣史朗展 ―Shiro Kuramata Cahier 刊行記念展」より「ミス・ブランチ」
(会期:2020年11月16日―11月28日)
撮影:塩野哲也



(ほりえとしゆき)

堀江敏幸 HORIE Toshiyuki
1964年、岐阜県生まれ。作家。主著として『仰向けの言葉』(平凡社)、『戸惑う窓』(中央公論新社)、訳書として、エルヴェ・ギベール『幻のイマージュ』(集英社)、ロベール・ドアノー『不完全なレンズで』(月曜社)、ジャック・レダ『パリの廃墟』等がある。
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