ときの忘れもの ギャラリー 版画
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井桁裕子−私の人形制作
第2回 「人形のルーツ」 2009年12月10日
人形と彫刻の違いはいずこに、という話で前回は終わりましたが、そういう会話になるのは私の作っているのが実際の人をモデルにした肖像人形だからです。
普通は肖像というのは彫刻や絵画の話ですから、人形でやっている方がヘンなのです。
04年と06年に熊本市現代美術館で「生き人形」の展覧会があり、話題を呼びましたが、これらはあまりに精密で、とりわけ大きな物には圧倒的な存在感があります。
松本喜三郎
「貴族男子像」
鼠屋伝吉
「農夫全身像
木戸銭を取って見せるような規模の「見せ物」になってくると、西洋から来た彫刻の概念と比べる話も成り立つのでしょう。
人形は、もともとその姿を公の場で鑑賞するというものではなかったわけで、人形の起源ということに触れた本があります。「人形歳時記」(婦女界出版社)という、江戸中期から続く雛人形問屋・吉徳に生まれた著者・小林すみ江氏が書かれた趣深い本です。その中に、水無月祓え(6月30日)と大晦日に神社から紙でできたひとがたが配られたとあります。それに氏名と生年月日を書き入れて、体の特に悪いところなどを丁寧になでて息を吹きかける。この我が身の災厄を託したひとがたは、後日神社の人が集めに来て、いくらかお金を添えて渡していたのだそうです。
写真は舞岡八幡宮のものです。
ひとがた
3月3日の流し雛などのルーツもこれではないか、
「すなわち自然界の邪悪なものを、人のかたちをしたものの持つ霊力で防ごうとしたのがその始まり」
「”ひとがた”がやがて人形となって子どもに与えられ....近世以降はこれに美術的要素まで加わって」現代に至る、とのこと(本文より抜粋)。
水に流したり焼かれたりしてお祓いに使われた「ひとがた」でしたが、室町時代ころの記述にそれとは違う「天児(あまがつ)」と呼ばれる「人形」の記録が出てきます。これは赤ちゃんに病が取り付かないよう枕元に置かれたものです。十字型の棒を組んだ立ち姿、顔も描かれ、着物も夏冬の着替えが用意されたりして人形らしい感じになってきます。

ぬいぐるみ人形の元祖としては「這子(ほうこ)」というのがあり、これは今もある岐阜・高山の郷土玩具の「猿ぼぼ」によく似ています。

長方形の布の四隅を縫い合わせて綿を詰め、頭をつければできあがり。簡単なわりには人形らしくてかわいいですね。
這子と天児 さるぼぼ
本の中にはまだまだ、これがいかにして御所人形などに進化していったかという話が続きます。どんどん抜粋してしまいたい衝動を抑えてここでおしまいにいたします。
写真右が天児、左が這子です。鳥取県の用瀬(もちがせ)に「流しびなの館」という施設があります。写真はそこを観光した方のブログから頂きました。
http://nagashibinanoyakata.jp/index.php?id=7

こうして見ると、人形は女性と子どものための小さなお守り、という感じがします。
素朴な形から、次第に複雑化するのですが、その方向はやはり「人に近づける」という進路なわけです。
関節をつけて動かす発想もその一環ですが、これはずいぶん歴史が下ってからの話です。
遊びの対象に、精巧に身体を模倣し始めると、そこに何が宿るのか。
神は細部に宿る、という有名な言葉がありますが、私は、人形に宿るのはもっと生々しい思いのような気がします。
人形は天を目指して作られるのでなく、人へ、人へという思いの流れが、常に水平に歴史をつらぬいて変わらないのだと感じています。
(いげた ひろこ)


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