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飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」
第3回 「尾形一郎・尾形優 ディスレクシアの世界像」  2012年6月6日
 尾形一郎(当時は小野一郎の名前で活動)の『ウルトラバロック』(新潮社、1995年)は、強烈なインパクトを与える写真集だった。16世紀〜19世紀にメキシコ各地に建造された教会、その内部の空間をびっしりと埋め尽くす装飾物を、大判カメラで精密に写しとったシリーズである。そのまさに空間恐怖症の産物というべき過剰なインテリアの描写は、目眩を生じさせるような異様な視覚的体験をもたらすものだった。
 1960年生まれの尾形は85年に早稲田大学理工学部建築学科の大学院を修了し、設計事務所に入社して建築家としての活動を開始する。だが、既に学生時代から世界各地の建築物を撮影し始めており、90年に独立してからは、中南米の教会やコロニアル建築を集中して撮影していった。『ウルトラバロック』はその成果を集大成した写真集である。
 2000年代に入ると、尾形の関心はより広範囲な建築物に拡大していく。メキシコの教会建築もそうなのだが、西欧文明が土着の歴史・文化と衝突し、時には合体して生み出されてくる建築群を求めて、パートナーの尾形優とともに世界各地を旅しながら撮影を続けていったのだ。その成果は2009年に写真集『HOUSE』(FOIL)にまとめられた。そこにおさめられたのは「ナミビア/室内の砂丘」、「中国/洋楼」、「ギリシャ/鳩小屋」/「沖縄/構成主義」、「メキシコ/ウルトラバロック」/「日本/サムライバロック」の6つのシリーズであり、そこには尾形一郎・優の作品世界の構造がクリアーに浮かび上がってきていた。
 ただ、たとえば約一世紀前にダイヤモンド・ラッシュに湧いたナミビアの砂漠地帯に建造されたドイツ人たちの住宅が、砂に半ば埋もれている光景など、題材としての面白さと、8×10インチの大判カメラを完璧に使いこなす技術の高さは認めざるをえないにせよ、なぜ彼らがこれらの作品を撮影しなければならなかったという動機の部分については、正直よくわからなかった。ところが、今回のプライベートビューイング「自邸『タイルの家』で開く写真展」(2012年5月18日、19日、26日、27日)にゲストとして参加し、お二人の話を聞いたことで、そのあたりがかなりくっきりと見えてきた。
 最も衝撃的だったのは、尾形一郎がディスレクシア(Dyslexia)という一種の学習障害の持ち主であるのを知ったことだった。難読症、識字障害とも訳されるディスレクシアの人は、知的能力には問題がないにも関わらず、単語が連なる文章を読んで、その意味を理解していくことがむずかしい。本を読む場合、そのページの単語が全部一度に目に入ってきてしまうし、文章を書く場合は、短いセンテンスをバラバラに書くことしかできない。尾形は子供の頃からこの障害を自覚し、克服しようとつとめてきた。だが今でも、本を一行目から順を追って読んでいくのは苦手だし、長い文章を書く場合は、ブツブツに切れたセンテンスをパソコンでカット・アンド・ペーストして再構成していくので、普通の人の数倍の時間がかかってしまうという。
 だが、通常とは異なる脳の領域を使って読み書きをすることによって生じるディスレクシアは、逆に天才的な能力を発揮することにつながる場合もある。レオナルド・ダヴィンチ、アルベルト・アインシュタイン、アガサ・クリスティ、写真家でいえばアンセル・アダムスがディスレクシアであったといわれているが、尾形一郎もこの系譜に連なる表現者なのではないだろうか。つまり、彼のかなり特異な被写体の選び方、撮影のスタイルも、まさにそのあらわれといえそうな気がするのだ。
 考えてみれば、写真はレンズの前の被写体を、無差別に、等価に写しとってしまうという点において、ディスレクシア的な視覚世界の表現そのものである。彼が「ウルトラバロック」でも、あるいは他の作品でも、画面の隅々にまでピントが合ったパン・フォーカスに執拗にこだわっているのはそのためだろう。細部まで異様にくっきりと描写された画面全体が、あたかも震え、ざわめきながら目の前に押し寄せてくるように感じるのだ。このようなディスレクシアの世界像を、どのように定着していくのかを、彼は尾形優との共同制作を通じて粘り強く探求し続けてきた。
 今回の「自邸『タイルの家』で開く写真展」では、その試みがほぼ完成の域に達しつつあることが見てとれた。今後は建築家と写真家という彼の二つの領域をより緊密に融合させつつ、さらにスケールの大きな展示(インスタレーション)を実現していくことが期待できそうだ。
(いいざわ こうたろう)

尾形邸『タイルの家』内部
2012年5月

尾形一郎 尾形優
「Kolmanskop-4-14」
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10
サインあり

尾形一郎 尾形優
「Kolmanskop-25-1」
2006年(2011年プリント)
ライトジェットプリント
イメージサイズ:40.2x32.1cm
シートサイズ:43.3x35.6cm
Ed.10
サインあり

尾形一郎 尾形優
「Ocotlan 1」
1992年(2010年プリント)
ライトジェットプリント
54.0x43.0cm
Ed.10
サインあり

尾形一郎 尾形優
「Tepotzotlan 1」
1994年(2010年プリント)
ライトジェットプリント
54.0x43.0cm
Ed.10
サインあり

■飯沢耕太郎 Kotaro IIZAWA
写真評論家。1954年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。筑波大学大学院芸術学研究科(博士課程)修了。1990〜94年季刊写真誌『デジャ=ヴュ』編集長。著書に『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)、『日本写真史 を歩く』(ちくま学芸文庫)、『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)、『私 写真論』(筑摩書房)、『「写真時代」の時代!』(白水社)、『荒木本!』(美術 出版社)、『増補 戦後写真史ノート』(岩波現代文庫)、『写真的思考』(河出ブックス)、『「女の子」写真の時代』(NTT出版)など多数。きのこ文学研究家としても著名。その著に『きのこ文学大全』(平凡社新書)『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)ほか。

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