ときの忘れもの ギャラリー 版画
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フォーゲラーを巡って 木村理恵子
第2回 2010年2月24日
さて、今回の展覧会の出品作品を構成する銅版画の技術をフォーゲラーが獲得したのも、このヴォルプスヴェーデの地においてのことであった。銅版画作品に特に顕著に見られる愛とメルヘンの造形世界は、ユーゲントシュティールの性格を強く湛えている。とりわけ、植物をモティーフとした額縁を画面に描きこみ、その枠のなかに主題を描いているものなど、ユーゲントシュティールやアールヌーヴォーに特長的な様式美をそなえる。たとえば、《》や《いばら姫》などがそうだ。
興味深いのは、装飾的な額縁の枠と、そのなかに描かれた主題とは一見、別のものでありながら、いずれも草や花、樹木をモティーフとすることで、有機的につながっていくことであろう。また、《春》という題にも現れているように、自然の生命感や躍動感も重要なテーマとなっている。銅版画の細かな線描による曲線美は、ほとばしるような生命感の表現にふさわしい。
ハインリッヒ・フォーゲラー
同じ頃には雑誌『インゼル』の装丁なども手がけ、まだ20代の若さで、またたくまに世間の名声を勝ち得ていった。その優美な曲線に満たされた装飾の華麗さは、ユーゲントシュティールやアールヌーヴォーの全盛期にあって、時代の要請に合致していたのである。
しかし、このような様式美や物語の世界を追求するフォーゲラーは、ヴォルプスヴェーデの芸術家コロニーのなかでは少々異質であったのも事実だ。ヴォルプスヴェーデの芸術家たちは、文明化されていない自然への回帰を求めた。美化された自然や童話のロマンティックな世界よりも、リアリズムに基づいた自然表現をモットーとした。フォーゲラーの版画作品は、ときに歴史や宗教にも取材した物語性の強いものが多く、彼特有のメルヘンの世界であると同時に、優雅な装飾が施された甘美な造形でもある。それは、後には、リルケの批判の対象ともなっていった。
これらのフォーゲラーの仕事の思想的な背景には、周知のとおり、イギリスのラスキンやモリスのアーツ・アンド・クラフツ(美術工芸)運動があった。フォーゲラーの活動が絵画や版画だけでなく、本の装丁や建築、工芸デザインも含むものであったことからも明らかだが、生活のなかに芸術を取り込もうとする、いわば総合芸術の理想を掲げたものだったのである。
ここに、後の社会主義への転向の萌芽はすでに準備されていたといえる。やがて、ヴォルプスヴェーデの芸術家コロニーを離れてベルリンへ移ったフォーゲラーは、第一次世界大戦に志願兵として加わった結果、その凄惨な現実を目にすることになる。戦争の悲惨さをまざまざと突きつけられて以降、社会主義的な思想傾向を強め、ついには反戦論者となり、政治的な色彩を全面に打ち出すようになっていく。そして、1921年頃からモスクワを頻繁に訪れるようになった。だが、まもなく移住したロシアの地で、放浪の末に孤独な最期を遂げるのである。
(きむら りえこ/栃木県立美術館主任学芸員)

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