小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」 第7回 ウィージー「上流社会の人々」 2011年12月25日 |
着飾った二人の女性と、その二人を右側から睨みつけるようにしている女性。(図1)ウィージー(Weegee, 本名Arthur Fellig, 1899-1968)が1943年11月22日、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で撮影したこの写真は、12月6日刊行の「ライフ」誌上で、歌劇場60周年記念公演の初日の様子を報じる記事の中で掲載されました(図2)。「上流社会の人々」という題名は、この記事の中で写真のキャプションとして添えられていたもので、着飾った二人の女性――ニューヨークの社交界の著名人だったジョージ・ワシントン・カヴァノー夫人(1867 - 1954)(左)とデシーズ夫人(1868-1944)(右)――のことを指しています。(この写真は、「The Critic(批評家)」という題名でも知られていますが、「The Critic」という題名は1945年に刊行された写真集『Naked City(裸の街)』に収録された際に添えられたキャプションです。)
見開き2ページの「ライフ」の記事は、上半分が上演された歌劇『ボリス・ゴドゥノフ』の舞台写真、下半分は観客を捉えた写真で構成されています。メトロポリタン歌劇場のシーズン初日は、着飾った社交界の面々や著名人たちが足を運ぶ華やかなイベントとして知られ、その様子を取材するために、多くの報道陣も劇場に詰めかけていました。ウィージーは、カヴァノー夫人がリムジンを降りる場面(図3)や、カヴァノー夫人とデシーズ夫人が歌劇場の中で多くの報道陣のフラッシュとカメラに取り囲まれている様子を彼女たちの背後から撮影しています。(図4)
「上流階級の人々」(図1)は、夫人たちの至近距離から撮影されたように見えますが、実際の写真(図5)はかなり引いた距離から、カヴァノー夫人を中心に据えて撮影されており、見物人や報道陣の後ろ姿が写っている左側と、頭上の空間をあわせて画面の半分以上がトリミングされています。取材陣に応えるように微笑み、豪華なドレスやティアラ、毛皮のコート、バッグ、アクセサリーを見せびらかすようにして写っている二人に比べると、右側に立って睨みつけている女性の身なりはあまりにもみすぼらしく、極めて対照的です。この女性は、観客として偶然この歌劇場の中に居合わせたのではありませんでした。ウィージーのアシスタントが、飲み屋や安ホテルが建ち並ぶ下町、バワリー街のバーで泥酔していたこの女性を見つけて買収して、劇場まで連れて来たのです。ウィージーは、アシスタントに指示してこの女性が夫人たちと同じ画面に入るように誘導させた上で(図5)の写真を撮りました。つまり、この写真は周到な準備の上に作り上げられた「やらせ」なのです。 ウィージーは、多くの報道陣がつめかける撮影現場にこのようなやらせを仕組むことによって、戦時中でありながらも豪勢な生活を楽しむ上流社会の人々を揶揄し、富める者と貧しい者の間の対比を際立たせて見せることに成功しました。観客の人間模様が、舞台の上で演じられるオペラと同様、あるいはそれ以上にドラマティックなものとして強いフラッシュのもとにさらけ出されたことに、当時の「ライフ」の読者たちは目を見張り、この写真はウィージーの代表作として広く知られるようになりました。 ウィージーは、グラフ雑誌や、センセーショナルな内容のスキャンダルを売り物にするタブロイド新聞が人気を集めていった1930年代から40年代にかけて、殺人や事故の現場などいち早く駆けつけ、スクープをモノにする写真家として、時代の寵児になりました。彼の鮮烈な写真は、現場に肉薄する行動力のみならず、演出やトリミングのような操作の上にも成り立っていたのであり、どのような写真が読者の目を奪うのか、読者が写真の中から何を読み取りうるのか、ということを熟知していたからこそ撮れたものだと言えるでしょう。 (こばやし みか) ■小林美香 Mika KOBAYASHI 写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。 2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。 著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。 「小林美香のエッセイ」バックナンバー ウィージーのページへ |
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