小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」 第15回 ロバート・メープルソープ「Helmut」 2012年5月25日 |
カメラに背を向け、頭を下げてしゃがみ込む筋骨隆々とした男性。椅子か台のようなものの上でポーズを取っていることや、黒光りするジャケットの表面、壁面の影の効果も相まって、台座の上に据え付けられたどっしりと重く硬い彫像のようにも映ります。この写真は、ロバート・メープルソープ(Robert Mapplethorpe, 1946-1989)が1978年に発表した「X Portfolio」の中に収録されたものであり、このポートフォリオは、ゲイ男性同士のSM行為をとらえた写真を中心とする13枚の写真で構成されています(図2)。(彼は後に、花の写真をまとめた「Y Portfolio」(1978),黒人男性の写真をまとめた「Z Portfolio」(1981) と続けて発表しています。)
黒いレザー・ジャケットやブーツ、ハーネスのような装具やSM行為は、1970年代から1980年代にかけてニューヨークで隆盛していたゲイ・カルチャーの典型的なファッション・アイテム及びパフォーマンスです。レザー・ゲイメンたちのSMや性行為は、ゲイ・エロティック・アートの巨匠、トム・オブ・フィンランド(Tom of Finland(1920-1991)が1950年代頃から発表していたイラストレーション(図3,4)の中にも描かれてきました。メープルソープのポートフォリオは、当時のゲイ・カルチャーの記録としての性格をも具えており、(図3,4)のような性的なファンタジーを投影して描かれたイラストレーションよりも、さらに直裁で生々しく描写された性器や行為は、あたかも苦行の場面のような強烈さを印象づけます。
ポートフォリオの中はメープルソープのセルフ・ポートレート(図3)も収録されています。メープルソープは、布をかぶせた台座に脚をかけ、屈んで振り返るような姿勢をして、尻の穴から鞭を突き出してカメラを睨みつけており、「刺激的な内容のポートフォリオを作り出す芸術家として、挑発的な姿勢を端的に表明しています。
メープルソープの活動は、1960年代末から展開していった同性愛者の権利獲得を目指す同性愛解放運動(ゲイリブ運動)やポルノグラフィの解禁といったような社会的潮流を背景にしています。彼の作品は、それ以前は禁止され、秘匿されていた同性愛という主題が、徐々に社会の中で認知され、可視化されるようになっていく過程の指標として大きな位置を占めています。 同時代に、メープルソープと同様に同性愛者としての視点から男性の身体を被写体として撮り続けてきた芸術家として、ニューヨークで活動し、彼と同じくエイズによる合併症で他界したピーター・ヒュージャー(Peter Hujar, 1934-1987) (図6)や、メープルソープが直接的な影響を受けたニューオーリンズ在住の芸術家、ジョージ・ドゥリュー(George Dereau, 1930-)(図7)などが挙げられます。彼らが撮影したヌードやポートレート写真は、身体の脆さ、複雑な心理的側面をも含む男性の姿を映し出し、メープルソープの作品と同様に、写真による性表現の領域の中に新しい局面をもたらしたと言えるでしょう。
(こばやし みか) ■小林美香 Mika KOBAYASHI 写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。 2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。 著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。 「小林美香のエッセイ」バックナンバー ロバート・メープルソープのページへ |
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