小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」 第18回 ウーゴ・ムラス「Andy Warhol」 2012年7月10日 |
スツールに跨がるように腰かけたアンディ・ウォーホル(Andy Warhol, 1928-1987)。この写真は、ウォーホルがポップアートの旗手として脚光を浴び、ニューヨークにファクトリーと呼ばれるスタジオを構えた年に撮影されたものです。顔の半分は陰に隠れ、サングラスで目元を隠しているウォーホルの顔貌は、やや低い視点から見上げるような角度で捉えられていることもあって、どことなく近づきがたく、謎めいた人物のように映ります。また、スツールにかけた両手は、小柄で華奢な身体つきの割に、大きく骨張っています(ちなみに、着用しているワグナー大学のスウェットシャツは、アシスタントが所有していたものだそうです。)スツールに跨がるような座り方や、光の状態、背景の傾いだ天井や壁の線などから、厳密にポーズやライティングを決めて撮影されたポートレート写真というよりも、即時的に撮影された写真として、ウォーホルの素の状態やその場の雰囲気を伝えているようにも感じられます。 ミラノに拠点を置いていたウーゴ・ムラス(Ugo Mulas, 1928-1973)は、1964年に開催されたヴェネチア・ビエンナーレで、ポップアートやコンセプチュアル・アートなど、ニューヨークで勃興してきた新しい芸術動向に触れて感銘を受け、同年にニューヨークに3回訪れ、アンディ・ウォーホルやロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズなど、第一線で活躍する芸術家のアトリエやスタジオを取材しました。ムラスは後にこの時に撮影した500点以上の写真をまとめて、写真集『New York: The New Art Scene(ニューヨーク:新たなアートシーン)』(1967 文章:アラン・ソロモン)(図2)を刊行しています。 この本の表紙(図2)には、アンディ・ウォーホルのファクトリーでのダンスパーティに警官が立ち入って制止している場面を捉えた写真が使われており、本の中にはファクトリーの中でアシスタントと共に撮影された写真(図3)も収録されています。ウォーホルの写真に限らず、写真集全体が「アートシーン」の現場に肉薄して踏み込んでいくような構成になっていて、芸術家たちがアトリエの中で作品制作に打ち込む場面だけではなく、キッチンやダイニングルームで会話をしたり、料理や食事をしたりしている場面など、日常生活の場面も随所に収められています。
一連の写真には、芸術家たちがカメラの存在を意識していないかのようなものが多く、それまで制作現場の取材を受けたことのなかった芸術家もいたということを鑑みると、ムラスが芸術家たちから信頼を得て、率直に意思を通わせあっていたのかを窺い知ることができます。(ムラスは当時、ほとんど英語を喋ることもできないままで撮影に赴いていたということが信じられないほどです。)
ムラスは、ニューヨークで一連の取材を行った同年に、ルーチョ・フォンタナ(Lucio Fontana, 1899-1968)がカンヴァスを引き裂いて作品を制作する様子を6枚の連続する写真でとらえた作品(図5)を制作しています。カンヴァスに向き合う後ろ姿から、カンヴァスに近づき、ナイフで引き裂くという一連の動作を簡潔に捉えた写真からは、ムラスが フォンタナの作品のコンセプトや人となり、制作の所作をいかに深く理解していたのかを見てとることができるでしょう。 (こばやし みか) ウーゴ・ムラス公式サイト:http://www.ugomulas.org/ ■小林美香 Mika KOBAYASHI 写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。 2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。 著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。 「小林美香のエッセイ」バックナンバー ウーゴ・ムラスのページへ |
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