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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第19回 イリナ・イオネスコ「EVA」  2012年8月10日
図1)
イリナ・イオネスコ
「EVA」
ゼラチンシルバープリント
44.3x30.0cm
サインあり

目蓋を軽く閉ざし、布を垂らした台の上に、足を放り投げるようにして腰かけた気怠そうな表情の少女。素足にサンダルを履き、胸の周りにはベリーダンサーやストリッパーが身につけるようなアクセサリーを巻き付け、長い髪は無造作にかき上げられたように背後に広がっています。均整のとれた少女の肢体は、力を抜いたようなそのポーズによって、あたかも台の上に置かれた人形のようにも見え、露出した小さな胸や陰毛が、第二次性徴を迎えた体の特徴を際立たせています。
イリナ・イオネスコ(Irina Ionesco, 1935-)が娘のエヴァ(Eva Ionesco, 1965-)を5歳の時から撮影を続け、1970年代に発表された一連の作品は、ヌードを含むその性的な内容から論争を巻き起こしてきました。写真の発表により注目を集めたエヴァは、11歳の時にはジャック・ブーブロン(1946-)が撮影したイタリア版の『PLAYBOY』誌上で、雑誌史上最年少のピクトリアル(図2)のモデルをつとめ、ロマン・ポランスキー監督の映画『テナント 恐怖を借りた男』出演しました。また後は、ピエール&ジルの作品「アダムとイヴ」(1981)(図3)でイヴのモデルをつとめたりしています。エヴァは、母親や、母親の撮った写真を通して彼女に注目した大人たちの手によって、ロリータ女優、モデルのシンボル的な存在に仕立て上げられていきました。後に女優となったエヴァ・イオネスコは自らと母との確執に充ちた関係を描いた自叙伝的作品『My Little Princess』(2011、日本公開は2012年)を制作し、芸術家として脚光を浴びようと躍起になる母親が、娘をミューズに仕立て上げて執拗に撮影する様子を描き出しています。(図4)

(図2)
ジャック・ブーブロン エヴァ・イオネスコ

(図3)
ピエール&ジル 「アダムとイヴ」(1981)

(図4)
映画『My Little Princess』(2011)

イリナ・イオネスコの写真の中で、エヴァは煌びやかな衣裳やレース、アクセサリー、化粧などに彩られ、異次元の中に棲む妖精や、娼婦のように描き出されており、その演出方法や、ポーズはさまざまな絵画や写真、映画作品からの引用に充ちています。エヴァは、撮影の過程で母親の要求に応える中で、さまざまなポーズや表情を習得し、化粧や衣裳で武装することによって、生身の少女から妖艶な人形に変身を遂げていきました。
(図1)では、人形のようなエヴァのポーズや表情に加えて、小道具として周りに飾られ、どことなくエキゾチックな雰囲気を漂わせている布や花が印象に残ります。このような演出方法は、写真の歴史に照らし合わせてみると、20 世紀初頭にフランスで流通し、人気を博していたアルジェリアのハーレムの女性たちのポストカード(図5)を彷彿とさせます。また、そっと足を差し込んでいる華奢なサンダルは、エドゥアール・マネの「オランピア」を連想させたりもします。

(図5)
アルジェリアのハーレムの女性のポストカード

同時代の写真との関係に目を向けるならば、豪勢な邸宅の机の上で、素肌の上に宝石と帽子、短いマントを身につけてポーズをとっている写真(図6)と、ヘルムート・ニュートンが女優のシャーロット・ランプリングをホテル・ ノール - ピニュで撮影した写真(1973)(図7)が、設定やポーズの類似という点で興味深く、成人女性とはまた異なる少女ならではの妖艶さが醸し出されています。

(図6)
イリナ・イオネスコ エヴァ(Palais de Mucha, Prague)(1974?)

(図7)
ヘルムート・ニュートン
シャーロット・ランプリング(ホテル・ ノール - ピニュにて)(1973)

(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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