小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」 第28回 アレン・ダットン「Untitled」 2012年12月25日 |
遥か遠景に連なる稜線を背景に、古代の神殿や舞台を彷彿とさせるような空間で、2,3人のグループになってジャンプし、乱舞する全裸の女性たち。石の壁と床で仕切られた手前の空間の左側には、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神を彷彿とさせるような六本の腕を持つ女性が、穴の中から姿を現しています。歪な遠近感や、女性たちの配置や身体などから一見してすぐにわかるように、この作品はさまざまな写真を組み合わせて制作されたフォトコラージュです。 アリゾナ在住のアレン・A・ダットン(Allen A. Dutton, 1922-)は、1960年代から1980年代にかけて屋外でヌードの女性を撮影したり、撮影した写真を独特の方法で変形したり、断片化したりして構成したフォトコラージュを制作しています。ダットンの制作活動は、過去にこの連載でも取り上げたジェリー・ユールズマンやレス・クリムスにも代表されるような、演出や加工、合成によって作られる写真表現の流れに属するものであり、彼の作品において際立った特徴は、コラージュをする際に身体を極端な形で変形させたり、断片化したりする方法や、ほかの被写体や風景と組み合わせたりする方法にあります。 たとえば、(図2)のように頭部のない身体が、身体の断片を組み合わせて作られたような動物に跨って砂漠を旅しているような情景を作り出したり、(図3)のように、岩場の上に仰向けとうつ伏せで横たわる二人の女性の写真を左右反転させて、うつ伏せの女性のお尻が歪に変形して尻尾のように見えるような形でつなぎ合わせるといった合成を施したりしています。
奇怪な動物や化け物のようにデフォルメされた女性の身体は、ダットン独特のユーモアや悪ふざけの感覚を感じさせるとともに、ごつごつとした岩肌や砂漠、サボテンといった、アリゾナの自然環境の中にある要素との結びつきから着想を得て作り出されたもののようにも見えます。 私が20代半ばの頃にアリゾナを訪れ、乾燥した空気や、強烈な日差し、サボテンの生える岩山が延々と連なる風景を目の前にして、その広大さと岩山の迫力やサボテンの姿に唖然とした記憶があります。人の姿がほとんどない砂漠に生えるサボテンは、その姿が何か動物や人の姿を彷彿とさせるような形状をしていて、時間帯や光の状態によっては、不気味な存在感を帯びたもののように映るのです。 ダットンは、祖父母が入植者としてアリゾナ州に入植して以来現地に住み続けているという、生粋のアリゾナの人間であり、コラージュ作品やヌードをてがける傍らで、1970年代後半からはアリゾナ各地を大判カメラでくまなく撮影、記録しています。アリゾナの風土の中で育ち、風景の特徴とその中に身を置くなかで、ダットンは写真で捉えた風景と身体を混淆させるような独特の感覚を育んでいったのかもしれません。 コラージュ作品の中には、風景やヌード、自然の要素のほかにダイナマイトによる爆発をとらえた場面などが取り込まれていたりもします(図4)。自然の荒々しさに加えて、文明の暴力性やカタストロフなども連想させる(アリゾナの砂漠では1950年代に核実験が行われていたりもしました)ところにも、彼の作品の特徴があると言えるでしょう。
(こばやし みか) ■小林美香 Mika KOBAYASHI 写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。 2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。 著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。 「小林美香のエッセイ」バックナンバー アレン・ダットンのページへ |
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