大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」 第1回 2013年2月1日 |
(画像をクリックすると拡大します) 岩のむこうには何もない。そのことが気になる。 もし空だとしたら相当な標高なのではないか。それとも霧がかかっていて、むこうにあるものが見えないだけなのだろうか。 下を見たら何が見えるだろうとも考える。そこは谷で細い川が紐のように流れているような気がする。しかしこの連想は写真のどの部分から湧いてくるのだろう。 よく見ると岩場全体が画面の左手にむかって傾いている。岩ががらがらと崩れてきそうな危うい感じを抱く。眼下が細い谷であるという連想は、もしかしたらそこ から来ているのかもしれない。かつてこういう足場の危ないところから遥か下方を見下ろしたときの記憶を無意識のうちに重ねて見ているのだ。 写真の左下の部分がわずかに黒みを増していることも関係あるような気がする。黒いということは暗いということで、それが深さの連想につながり、下のほうに引きづり込まれていくような錯覚をもたらす。 もうひとつ気になることがある。この写真にはサイズの手がかりがひとつもないということだ。「下を見下ろす」と書きながらそのことに気づいてはっとなった。 人間が鉛筆の先くらいにちっぽけな可能性もあるかもしれない、と画面のなかに鉛筆の先端をもっていった。するとあにはからんや、たちまち岩が膨らみ巨大になって眼前に迫ってきた。 反対の想像も不可能ではないだろう。画面の真ん中にスニーカーを履いた足がどんとあるという光景を思い浮かべてみる。すると岩は縮んで小石になり、深い谷の幻影も消え、危機感が去ってしまうのに気付くだろう。 モノのサイズを変えたりわからなくさせるのは写真の特性だ。接写すれば見慣れたものの先にまったく別の世界が現れ出るのだ。これほど極端に サイズを変化させることは肉眼では出来ないから、レンズとの遭遇によって人のイマジネーションがいかに別の次元へと導かれていったかが想像できる。 もしこの岩場に草の一本も生えていれば話はちがってくるだろう。 そこからサイズを類推しようとする意識がほとんど自動的に発動するからだ。 だがここには生きている物質が何もない。 鉱物だけの世界。それがサイズ感の失われた世界の恐怖につながっている。 (おおたけ あきこ) 〜〜〜〜 ●紹介作品データ: 村越としや 「福島2012」 2012年撮影(2013年プリント) ゼラチンシルバープリント イメージサイズ:44.0x56.0cm シートサイズ:50.8x61.0cm 裏面にサインあり ■村越としや Toshiya MURAKOSHI(1980-) 1980年福島県生まれ。日本写真芸術専門学校卒業、写真活動をはじめる。一貫して生まれ育った福島の風景をモノクロで撮りつづけている。2011年日本 写真協会賞新人賞を受賞。2009年、自主ギャラリーTAPを開設、定期的に作品を発表しながら、写真集を上梓する。2012年、「写真の現在4」(東京 国立近代美術館)に参加。同年、写真集出版レーベルplump WorM factoryを設立、最新作は『大きな石とオオカミ』。 〜〜〜〜 ■大竹昭子 Akiko OHTAKE 1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。 主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。 「大竹昭子のエッセイ」バックナンバー 大竹昭子のページへ |
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