大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」 第2回 2013年3月1日 |
(画像をクリックすると拡大します) 見ていると幸福感に包まれる写真がある。多くはないがたしかに存在する。それはいったいどういう写真だろうか。 幸せそうな人が写っていればいいのか。いや、事はそれほど簡単ではない。たとえばウエディング写真を思い浮かべてみよう。花嫁花婿はみんなに注目され、祝福され、幸せの絶頂にある。本人の表情からその事実があふれんばかりにほとばしり出ている。 幸せそうな二人だなとは思う。しかし、それを見た者までもが幸せな気持ちになるとは限らない。本人を知っていればそういうこともあるだろうけれど、赤の他人の場合はむしろ、これからいろいろと大変だろうな、と冷ややかな気持ちになるかもしれない。 見るからに幸せそうな写真が、見る者を幸福の境地に誘う成功率はきわめて低いと言わなければならない。それはその写真のとらえている幸福感が瞬間的なものだったり、短期的な見通しだったりすることに関係があるようだ。このあと自動車事故で二人は崖から転落するのではないか、などと見ている側の意識がついその反対の状況へとひっぱられてしまうのだ。幸福の絶頂をとらえたものは悲劇を想像させがちなのである。 ここに取り上げた写真にわたしは幸福感を覚える。別に幸福なシーンが写っているわけではない。納屋のような場所におばあさんが座っているだけである。丸顔で、頭にほっかむりして、手には大きな葉っぱを握っている。その辺にあったのをアクセント代わりにつかんだのとはちがう。その葉が彼女にとって大きな意味のあることが言葉の説明がなくとも伝わってくる。 注目したいのは、そこにおばあさんがいるのを見落としてしまいそうなほど周囲に物がたくさんあることだ。物たちに囲まれてそこにいること。そのように写真が撮られているということだ。 おばあさんの全身からは自分の場所にいるという安堵感がにじみ出ている。それはこの空間にあるすべての物が彼女と密接に結びついているからだ。余計なものは何ひとつなく、どれもが必要なもの、あるいはかつて必要とされたものなのだ。物たちもまたこの場所に居ることに安らぎを得ているのである。 尋ねてみればひとつひとつに物語があるだろう。中央にさがっている裸電球のコードにしても、どうして途中に結び目があるかを語ってくれるだろう。物語とは関係のことである。わたしはこの物とこのように関わりましたという声明である。 そうした関係性のなかに幸福感は芽吹く。自分と他者とのあいだに、内界と外界のあいだに、物と身体とのあいだに。 納屋の空間とおばあさんの関係も同じだ。ここにいるとき、彼女は自分がこの世に生まれてきた意味を感じ取るだろう。だれの言葉も借りずに肌でそう感覚する。これぞ幸福感の原点だ。 (おおたけ あきこ) 〜〜〜〜 ●紹介作品データ: 小栗昌子 〈トオヌップ〉シリーズより 2000年撮影(2006年プリント) ゼラチンシルバープリント イメージサイズ:24.0x29.0cm シートサイズ:25.5x30.5cm 裏面にサインあり ■小栗昌子 Masako OGURI(1972-) 1972年愛知県に生まれる。1994年名古屋ビジュアルアーツを卒業。1999年遠野に移住する。 主な受賞歴:日本写真協会新人賞(2006年)、林忠彦賞(2010年)、主な個展歴:「百年のひまわり」(2005年/ビジュアルアーツギャラリー東京・名古屋・大阪・九州)、「トオヌップ」(2008年/ニコンサロン銀座・大阪、ビジュアルアーツギャラリー名古屋)、「トオヌップ」(2009年/ギャラリー冬青)、第19回林忠彦賞受賞写真展「トオヌップ」(2010年)、「フサバンバの山」(2011年/ギャラリー冬青)、主な写真集:『百年のひまわり』(2005年/ビジュアルアーツ)、『トオヌップ』(2009年/冬青社) 〜〜〜〜 ■大竹昭子 Akiko OHTAKE 1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。 主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。 「大竹昭子のエッセイ」バックナンバー 大竹昭子のページへ |
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