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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第3回 2013年4月1日

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ヘルメットをかぶった男たちがいる。周囲は暗い。ヘルメットの色は白? それとも黄色? KやSKの文字が読め、ラインは一本だったり、二本だったり。十字の安全マークがついているものもあるが、どのヘルメットも傷がついたり汚れていたりして、かなり使い込まれている。

ここから最初に浮かんだことばは「労働」だった。体を動かす仕事はたくさんあるが、この人々が関わるのは、頭上にいろいろな構造物や資材のある建設現場、あるいは地面の下にもぐる下水や地下鉄の工事の現場。扱うもののスケールはかなり大きい。

背後から差し込むわずかな光に、肩のラインや腕が浮き彫りになっていることも、「労働」のイメージを強めている。人が働くとき、無言の表情を持つのが肩のラインで、ときとして手足以上にその働きぶりを物語る。ヘルメットで顔が隠れて見えないために、ひたむきな印象もある。ヘルメットのちらばり具合や、傾き加減がばらばらで、整然としていないことにも注目。ひとつひとつのヘルメットの下に別々の人間のいることが感じとれる。

と、こここまで書いて、ふいに別の連想が浮かんできた。学生運動が盛んだった六十年代、闘う学生たちは一様にヘルメットをかぶっていた。デモやバリケードの写真には決まってその姿が写ったものである。ひょっとしてあれは日本の若者に限られたことだったのではないか。欧米のデモではヘルメット姿は見たことがないし、中近東でもそうだし、中国の天安門事件などでも同様だ。彼らはそれをかぶることで、労働者との連帯を示そうとしたのかもしれない。

このようにつぎつぎと連想が生まれてくるのは、この写真に説明的な要素が省かれているからだが、それだけではないようだ。ヘルメットをかぶってない人がひとりいる。これが重要だ。顔は見えず、肩と襟元だけがうっすらと浮き彫りになっている。ヘルメットの男たちに囲まれ、やや離れた場所から、彼は写真を見ているわたしたちを見ている。そのほのかな視線を感じるゆえに、私たちは対象を見ながら、同時に自分自身の内側を眺めることになるのだ。

一見、要素の少ない写真のようだが、連想を生み出すものが数多くちりばめられているのがわかるだろう。現実世界で採集したものを取捨選択し、チューニングし、響き合わせること。写真を「作る」ということは、まさにそういうことなのだ。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
普後均
〈ON THE CIRCLE〉シリーズ #53
2003年撮影(2009年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:31.6x39.2cm
シートサイズ:35.6x43.2cm
Ed.1/15
裏面にサインあり

■普後均 Hitoshi FUGO(1947-)
1947年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、細江英公に師事。1973年に独立。2010年伊奈信男賞受賞。国内、海外での個展、グループ展多数。主な作品に「遊泳」「暗転」「飛ぶフライパン」「ゲームオーバー」「見る人」「KAMI/解体」「ON THE CIRCLE」(様々な写真的要素、メタファーなどを駆使しながら65点のイメージをモノクロで展開し、普後個人の世界を表現したシリーズ)他がある。
主な写真集:「FLYING FRYING PAN」(写像工房)、「ON THE CIRCLE」(赤々舎)池澤夏樹との共著に「やがてヒトに与えられた時が満ちて.......」他。パブリックコレクション:東京都写真美術館、北海道立釧路芸術館、京都近代美術館、フランス国立図書館、他。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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