ときの忘れもの ギャラリー 版画
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第5回 2013年6月1日

(画像をクリックすると拡大します)

とてもヘンな写真である。
はじめて見たときからそう感じていたが、たったいま、そのわけがわかった。
ほとんど直線でできた風景なのである。

窓枠と、そこに嵌まったガラスを仕切る桟。
軒下に顔を出している幌の縦縞模様、庇の上に乗っかっている四角い看板。
二等辺三角の屋根、それを縦に区切っているライン。
空に走っている電線とて、例外ではない。

視線を道路に移しても事態は変わらない。
横断歩道に引かれた六本の白いライン。
手前に側溝があるが、そこには格子状の網がかぶさっている。
格子模様はその横のコンクリートの蓋にも連続している。
徹底した直線攻めである。

なかでも極めつきは、画面中央の机と椅子だろう。
直線の国の主人公のように、ど真ん中に突っ立っている。
机の天板はビニールクロスで覆われているが、その模様が格子縞なのは、いうまでもない。

机の脚は長い(もちろん直線)。ふつうよりだいぶ高さがあるが、どういう机だろう。
それに比べて椅子の脚は極端なほど短い。
ここに座って机の上のプリンを食べるシーンを想像する。
腕を延ばして器に届かせる。
プリンをスプーンにのせ、口に運ぼうとした瞬間、するっと滑って膝の上に落下する。
ぶざまなこと、この上ない。ほとほと釣り合いの悪いペアである。

にもかかわらず、ふたりの間には仲のよさそうな気配が漂っている。
机は鷹揚でおとなしく、椅子はやんちゃだ。上によじのぼられても、机は嫌な顔ひとつしない。
それどころか、みずから進んでチビの椅子を肩車してあげたりする。
どうだい、見えるかい?

直線の国の微笑ましくも心あたたまる風景。

ただひとり、直線のなかに紛れ込んでしまったのは、看板のなかのコカコーラ氏だ。
ひらめくリボンような曲線文字が異様である。
直線の国に不法侵入したにちがいない。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
武田花
〈道端に光線〉より その3
2007年撮影(2010年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:22.8x15.1cm
シートサイズ:25.4x20.3cm
※フォトエッセイ集『道端に光線』(中央公論新社刊)所収

■武田花 Hana TAKEDA(1945-)
1951年東京都に生まれる。
1990年写真展「眠そうな町」で、木村伊兵衛賞受賞。写真集に、「猫・陽のあたる場所」「シーサイドバウンド」など。
フォトエッセイ集に、「煙突やニワトリ」「イカ干しは日向の匂い」「猫と花」「道端に光線」などがある。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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