大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」 第6回 2013年7月1日 |
(画像をクリックすると拡大します) 毎回、書きだす前はアタマのなかは空っぽだが、今回もおなじだ。 いくら手をつっこんでひっかきまわしても何も出てきそうにない。 おもしろいと思って選んだ写真なのだから、「おもしろい」を成り立たせて要素がひとつだけでなく複数あるはずで、 それが響き合って「おもしろい」を作り上げているのはまちがいないが、それが何かがつかめない。 わたしは犬が好きである。 服を着ていない毛並みを表にさらしたのが好みで、しかも巻き尾で、耳がピンと立っていればなおよい。 ここに写っている彼(彼女か?)はそれらの条件を満たしているが、 だからといって犬がいるからこの写真を選んだわけではない。 それは犬の姿を手で隠してもこの写真が充分におもしろいことからわかる。 気になるのは家である。三軒ある。そこに謎を解く鍵が潜んでいるように思われる。三軒のサイズはまちまちで、左の家はいちばん大きく、奥にある家は中くらいで、左下にある家はそれよりさらに小さい。小さいが三角の屋根がのって家の形をなしている。 いちばん大きい家といちばん小さい家には陽が当たっていなくて、中くらいの家だけにさんさんと降り注いでいる。 いちばん大きな家にも当たっているはずだが、そこの部分は写真から外れて日陰の側だけが写っている。 地面に落ちたその影のなかに、いちばん小さな家が立っているのである。 家は住むためのものであり、住み手がいないと肝心なものが欠けているように感じられるが、 大きい家と中くらいの家には住人の姿が写っていない。 いちばん大きな家の、大きな影のなかにたっている、いちばん小さな家にのみ、 住人の姿が見える。 影の内側に留まり、こちらを見つめている。 家があり、住む人がいる、というもっとも原初的な光景が、 ここに実現されているように思う。 家を手で隠せばそれがよりはっきりとする。 犬氏の姿が急に心もとないものになり、だれかの敷地にさまよいこんだ野良犬のようにも見えてくるのだ。 家があるからこそ、彼の姿はしっかりしたものとなる。 地に足のついた番犬の立場が保証されるのだ。 大きな家の影に敷かれた犬小屋と犬の姿に、家と住み手の関係が浮き彫りになっている。 この写真のポイントはそこだ、ということをご承知の彼は、だから主人然としてカメラを正視しているわけである。 (おおたけ あきこ) 〜〜〜〜 ●紹介作品データ: 本山周平 〈日本2001-2010〉より 「長野 霊泉寺温泉」 2008年撮影(2013年プリント) ゼラチンシルバープリント イメージサイズ:21.7x26.7cm シートサイズ:35.6x43.2cm 裏面にサインあり ※写真集『日本2001-2010』(蒼穹舎)所収 ■本山周平 Shuhei MOTOYAMA(1975-) 1975年熊本県八代市生まれ。2000年専門学校東京ビジュアルアーツ写真学科研究科卒業。2001年photographers' galleryに参加、2006年まで活動する。2007年から2009年までギャラリー街道にて連続展を開催。2009年より専門学校東京ビジュアルアーツ写真学科非常勤講師を務める。 2011年、さがみはら写真新人奨励賞受賞。主な写真集に『日本 2001-2010』『写真の手帖全集』『SM TABLOID BOX』『In between5 ルクセンブルク オランダ』『世界T』がある。また、写真家の松井宏樹、錦戸俊康、片山亮らとともに写真同人冊子『GRAF』刊行中。 『GRAF』公式サイト:http://www.graf-publishers.com/index.html 〜〜〜〜 ■大竹昭子 Akiko OHTAKE 1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。 主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。 「大竹昭子のエッセイ」バックナンバー 大竹昭子のページへ |
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