ときの忘れもの ギャラリー 版画
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第8回 2013年9月1日

(画像をクリックすると拡大します)

この人たちはいったいどういう場所にいるのか……。だれもがまず浮かべるのはこの疑問だろう。

画面の半分以上をグネッとしたものが覆っている。それは平坦でなくて細かくうねっている。柔らかそうな印象もある。ボケているために詳細がわからないが、かっちりと固定したものという感じはしない。

左側が少し高く、右にむかって下がっている。人物の遠くには山のようなものが見え、足元にはかすかに地面が写っている。しかし手前側のわけのわからないものとそれらはつながっていない。乖離した別世界という感じが強い。

ここでわたしは紙を取り出し、パソコン上の画像の上半分を覆い、グネッとした部分だけを見つめつづけた。モノクロの濃淡が際立ち、それ以外の手がかりが消えた。横山大観の朦朧体を思いだすような細かなグラデーションが浮き上がる。たなびく霞のような横の動きがあり、さらによく見れば、その左右に縦の動きを示しているものがある。これは何? どうやら上にいる人影が写り込んでいる模様だ。つまり、このグネッとしたものは物を反射する性質ももっているらしい。

実は、おなじ写真家による、おなじようなシチュエーションを撮ったカラー作品群を見ているので、わたしはこのグネッとしたものの正体を知っている。だが、知らないふりをしてこの写真に対峙している。そうすることで別の方向に意識がむかうのを楽しんでいる。

画像からだんだんと距離をとっていく。立ち上がり、デスクを離れ、かけていた眼鏡も外して眺める。ぜんたいがボケで朦朧体になり、この写真のとらえた場所の現実が遠のいていく。ここがどこで、この人たちが何をしているかということは、もはやどうでもよくなってしまう。

意味から遠く隔たった頭のなかに点滅しているのは、たったひとつのこと。中央の前かがみの男性の足が細い、ということだ。ジャコメッティの彫刻さながら人間のエキスが立っているようだ。ほかの人々の足付きも安定しているとはいえない。こんな細い棒のようなもので上体を地面の上に立たせているなんて、四本脚の動物に比べたら、人間はなんと頼りない存在だろう。朦朧体の世界から眺めるうちに、二本足歩行のヒトの将来がとても不安になってきた。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
楢橋朝子
〈Jindo〉より
「Jindo, 2009」
2009年撮影(2011年プリント)
ゼラチンシルバープリント(バライタ紙)
イメージサイズ:20.7x31.0cm
シートサイズ:28.0x35.6cm
Ed. 2/8
サインあり

■楢橋朝子 Asako NARAHASHI(1959-)
1959年東京生まれ。早稲田大学第二文学部美術専攻卒業。 1986年森山大道のワークショップに参加する。1989年初個展「春は曙」を開催。1990年ギャラリー03 FOTOSをオープン。
主な個展:1992年〜1997年まで03 FOTOSで個展「NU・E」を17回にわたって開催。2005年「half awake and half asleep in the water」(ツァイトフォトサロン、東京)、2008年「half awake and half asleep in the water」(Yossi Milo Gallery、ニューヨーク)(Galerie Priska Pasquer、ケルン)、2009年「楢橋朝子写真展2009/1989―近づいては遠ざかる」(東京アートミュージアム、東京)、2012年「in the plural」(ツァイトフォトサロン、東京)。その他、国内外で多数開催。
主なグループ展:2001年「手探りのキッス――日本の現代写真」(東京都写真美術館)、2006年「rapt! 20 Contemporary Artists from Japan」(メルボルン現代写真センター)、2008年「Heavy and Light: Recent Photography and Video from Japan」(ICP国際写真センター、ニューヨーク)、2013年「A Sense of Place」(Pier 24 Photography、サンフランシスコ)。その他多数参加。
主な写真集:1997年『NU・E』(蒼穹舎)、2003年『フニクリフニクラ』(蒼穹舎)、2007年『half awake and half asleep in the water』(Nazraeli Press)、2013年『Ever After』(オシリス)

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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