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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第10回 2013年11月1日

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池の鯉。そう名付けてしまえばなんということないけれど、これを見たときの異様な感覚はとてもそんな一言ではくるめない。鯉の姿が鮮明でくっきりしている。いや、しすぎである。全身がぴかぴかと光り、うろこの一枚一枚が数えられそうで、飛びでた目玉、口のヒゲ、大きなエラ、揺らめく尾ビレなどが鯉の特徴をキリキリと締め上げている。

池の水が黒い。いや、本当は何色をしているかわからないが、モノクロ写真なので黒一色に見える。もしカラー写真だったならぜんたいの印象はすっかりダレるだろう。黒の地に鯉がいて、その姿が精緻を極めた克明な図になっているゆえなのだ、この不穏さは。

鯉の姿が真横ではなく、奥から手前にのびてきた瞬間がとらえられていることも、ぬっと現れたような効果をあげている。瞬間をとらえた、といま書いたが、理屈ではそうなるが写真にはそのような瞬間が感じられない。鯉だから動いていて、つぎの一瞬にはもうちがう場所に移動しているはずなのに、永遠にこの場所に宙づりになっているような感じがする。空に浮かぶ鯉のぼりを想ってしまうのはそのためか。泳いでいるのではなくて浮かんでいるかのようで、じっと見ていると池が空に見えてくる。

池の岸辺はすぐそこだ。リュウノヒゲが細い葉を無数に水面にのばしている。その尖った葉先が鯉のぬめっとした肌をツンツンと刺激する。神経質な性格のリュウノヒゲは、鈍くて図々しくてとぼけた鯉の態度にいらついていて、すきあらば突いてやりたくて仕方がない。それを愉しむかのようにわざとその下をゆっくりと横切っていく鯉。両者のサドマゾの関係が黒い地の裏側で繰り広げられている。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
須田一政
〈物草拾遺〉より
1981年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:22.1x21.4cm
シートサイズ:25.4x30.4cm
東京都写真美術館蔵

■須田一政 Issei SUDA(1940-)
1940年東京都生まれ。1962年東京綜合写真専門学校を卒業。1967年寺山修司主宰「天井桟敷」の専属カメラマンとなる。1971年からフリーランスとして活動する。1976年「風姿花伝」により日本写真協会新人賞を受賞。1977年から現在に至るまで多数の個展を開催。主な写真集:『風姿花伝』(1976年、朝日ソノラマ)、『犬の鼻』(1991年、IPC)、『人間 の記憶』(1996年、クレオ)、『民謡山河』(2007年、冬青社)。主な個展:主な受賞歴:1983年日本写真協会年度賞受賞、1985年第1回東川賞受賞、1997年第16回土門拳賞受賞

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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