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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第15回 2014年4月1日

(c) Chang Chao-Tang
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くり返し何度もこの写真を見ているのに、そのたびに驚く。首がないということに、はっとなる。考えれば簡単な理屈である。首から下には影の映る壁があるが、首から上にはそれがないために影が途切れているのだ。一見、どこでも遭遇しそうな場面なのに、見たという記憶はない。

壁の右上には植物のようなものがちらっとのぞき見える。はるか遠方にはおだやかな山並みがある。ほかには広い空があるだけだ。そうした要素の少なさが、頭部がすこんと落下したような奇妙さをかき立てている。

もうひとつ見落としてはならないことがある。全体がボケていて物の輪郭がはっきりしない。人影のアウトラインも、壁のテクスチャーも、ぼーっとにじんでひとつの面になっているのだ。これだけ影が濃ければ相当に天気はよいはずなのに、そうとは感じない。どんよりと曇っているかのよう。曇天の日の影というのはありえないから、その矛盾した感覚がこの写真に非現実的な味わいをもたらしている。

正面にシルエットをとらえているので、撮影者はこの人物のほぼまうしろに立っているのだろう。そういうとき、撮影者の影が写真に写ってしまうことが多いのに、入っていない。シルエットのほうも膝上の部分で途切れてその下が写ってない。きっとここから地面になり、そこには建物などの影がかぶさり、べったりと黒いのだ。男の膝下の部分も、撮影者の影も、その闇に吸収されて消えたのだ。

と、このように写真の謎をあれこれ分析してみたのだが、どこか虚しい気がする。解明不可能のものに弾き返される感じがしてならない。びくともしない不動の奇妙さがこちらを見返してくるのだ。

それはこの男の発する気配のせいかもしれない。肩がよく張り、ウエストはくびれ、脚も長そうだ。はかなく移ろいやすい影のイメージとは裏腹に、強靱で堂々とした雰囲気があるのだ。

衣服がぴったり張り付いていて、潜水服を着ているようでもある。もしかしたらこの壁は、塀ではなくて防波堤なのではないか。コンクリート塊のむこうは海で、山に囲まれた穏やかな入り江が広がっているのではないか。切れた彼の頭部はそこに落下したのだとういう想像がふっと湧いてきた。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
張照堂
「台湾板橋(Panchiao)」
1962年撮影(2014年プリント)
ゼラチンシルバープリント
25.4x30.4cm
Ed.10
サインあり

■張照堂 Chang Chao-Tang(1943-)
1943年台湾生まれ。1999年に台湾の「国家文芸賞」、2011年に「行政院文化賞」を受賞し、さらに昨年、台北市立美術館で開催された張照堂氏の「歳月 照堂:1959-2013影像展」は、雑誌『藝術家』の2013年展覧会10選のトップに選ばれる。
中学時代、兄からAires Automat 120機を借り、写真に興味を覚える。1960年代、台湾の保守的な社会環境の下で、当時学生だった張氏は、現代文学と超現実主義絵画に着想を得た滑稽かつ荒涼とした悲劇的な写真を発表した。「ピンボケ」、「顔に白粉」、「首のないフィギュア」、「身体の揺さぶり」といった自身の心の内にある苦しみや抑圧感を吐き出した写真は、従来のサロン写真とは異なる独自のスタイルによって、写真界と台湾社会に衝撃を与えた。以来張氏は国内での写真展だけでなくアメリカ、アジア各国など国際的な活躍をしている。2013年には台北市立美術館で大規模な初の回顧展が開催された。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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