ときの忘れもの ギャラリー 版画
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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第16回 2014年5月1日

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クルマが2台くらい入りそうな広めのスペースである。右手の敷地には樹木がたくさん植わっており、庭にしては木々の繁り具合が激しくワイルドだ。左手のブロック塀で囲まれたところはこの家の庭にちがいないが、どちらの側からも狭さに耐えられない枝が、スペースのほうに身を傾けている。

空白のエリアには、白いライン状のものが絡まり詰まっている。見事に高さがそろっているのが不思議だ。人の膝下くらいの位置を占めており、見ているうちにモヤシの発芽するさまが連想されてきた。白さのせいだろうか。いや、旺盛なエネルギーの滞留が感じられるためだろう。

空や建物の色が異様に明るく、夜間に長時間露光して撮影されたことがわかる。暗くても、レンズを長いあいだ開けておけば、わずかな光を集めて像を結ぶ。光を発しているのはペンライトのようなものだろう。それを動かしながら移動したために、光の軌跡が絡まったラインになって写ったのだ。しかし、その行為をした人はいったいどこにいたのか。

ペンライトを持った手を下にむけ、腰を屈めて移動したなら、人物の残像がうっすらと残るはずなのに、それが見えない。地面に体を伏せて匍匐前進ならぬ、匍匐後退したのか。それとも、長い棒の先にライトをつけ、戸口あたりから遠隔操作して徐々に棒をたぐり寄せて短くしていったのか。

実験したことがないのでつたない想像しか思い浮かばないが、その撮影現場が実に奇妙なものであることはまちがいない。写真に見られるような明るさは皆無で、光が届いても一瞬のこと、物の形は識別しづらい。もちろんペンライトの残像はすぐ消え、写真にあるような光の密集は目撃できないのだ。

このシーンを目にすることができるのは、撮影を終えてプリントをしたときである。そのときはじめて、こういうものが撮れたとわかる。つまりこれは写真装置の造りだした、この世には存在しない光景なのであり、撮影者はそこでは写真機の「助手」となっているのである。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
佐藤時啓
〈光-呼吸〉より
「#284 Dojunkai apartment」
1996年撮影
インクジェットプリント
103.5x130.7cm

■佐藤時啓 Tokihiro SATO(1957-)
1957年山形県生まれ。1983年東京芸術大学院美術研究科彫刻専攻修了。1993年メルセデス・ベンツ・ジャパン・アートスカラシップにより渡仏。翌年文化庁在外研修員として渡英。
光をテーマとした彫刻、写真、カメラオブスクラをモチーフとしたプロジェクトなど多岐にわたる活動を展開。〈光ー呼吸〉と題された長時間露光の写真作品及び〈Gleaning Light〉と題されたピンホール写真作品を制作する。また最近では写真装置の仕組みをもちいたプロジェクトなどで知られる。〈光ー呼吸シリーズ〉は大型カメラによって風景を長時間露光撮影する。露光中にペンライトや手鏡を用い、被写体となった風景の中で自らカメラに向けて発光させた光は、自身の移動した痕跡となる。しかし長い露光の結果画面上に自身の姿は写らない。このことにより四角に切り取られた光景の中に移動やその時間という概念が取り込まれ、またその連続により画面上に現れた光と、消え去った主体(不在)によって普遍的な「存在」について言及しようとする。
国内、海外でも展覧会や個展を多数開催。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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