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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第17回 2014年6月1日

(c) Antoine d’Agata / Magnum Photos
(画像をクリックすると拡大します)

すっ裸の体をベッドに伏せている。ベッドの幅は狭く、布団が床にずり落ちている。

男性のようだが、気がかりなのはその人の左足である。右足のほうはベッドの端につま先が見えるが、手前の左足には足首から先がない。腿から膝、脛へとつづく部分が丸太かなにかのようにつるんとしている。右足のほうを手で隠して見ると、それがよりはっきりする。

視線をそこから左にずらすと腕がある。これもまた肘から先が通常の形とはちがう。腕よりも太いくらいに膨らみ、しかも手先が欠落し、左足と同様に全体が丸っこい。

男は何かの理由で左下半身に損傷を受けたのだ。

しかし、写真を見てすぐにはそのことに頭がいかなかった。
男が裸で寝ているということと、部屋が安宿ふうだ、という二つが浮かび、そこから、「明日の人生知れず」の日々に疲弊して投げやりになっている男の心境を想像した。その印象が強く、足と腕に気づくのがおくれたのである。

写真がボケていたことも関係しているだろう。像のはっきりしない写真では、細部よりは全体の印象で見てしまう。ゆえに欠損の事実が目に入るまでにタイムラグができる(もちろんそれは作者の意図したものだ。)

写真の周囲が黒く焼き込まれていることも何らかの影響を与えたにちがいない。寝ている人の部屋を鍵穴から覗き込んでいるのようなフレーミングである。盗み見ている不安から像が不鮮明になった、という連想も浮かんでくる。

相手に気づかれることなく一方的に視線を注ぐ「覗く」という行為は、対象と関係することを求めない。視線の先にあるのは、いくら見つめてもこの男についてなにひとつ知りえないという事実である。彼がだれなのか、何をしている人なのか、なぜ彼がこのような傷を負っているのか、明日はどんな日を送るのか、わかることはひとつもないまま見つづける、ということだ。

像のボケた、まわりが黒く焼き込まれたプリントによって、作者はあえてこの男を見る側から引き離そうとしているかのようだ。おなじ地平に立たすのではなく、ドアのむこう側にいる存在として示す。孤絶した状況は彼に安易な理解を与えることを遠ざけるが、まなざしを注ぐことにわずかな希望を見いだしているようでもある。

孤独なのはこの男だけではない。人はだれも孤独であり、そのひとつひとつの孤独のかたちは個別であり、比較はできない。ならば相手を理解するとはどういうことなのか。どのようにして分かり合い、受け入れることが可能なのか。理解と認識の本質について、鋭い問いを突きつけてくる。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
アントワーヌ・ダカタ
「FRANCE. Marseille, 1999.」
1999年撮影

■アントワーヌ・ダカタ Antoine d'Agata(1961-)
フランス人、1961年マルセイユ生まれ。1983年にフランスを離れ、10年間を海外で過ごす。1990年、ニューヨークのICPにて写真を学ぶ。フランスへ帰国後は、1998年に初めての写真集 “Mala Noche” が出版されるまで、写真活動から離れている時期があった。ギャルリー・ヴュが作品を取り扱う時期を経て2004年マグナムに参画、同年、東川賞を受賞し、初めての短編フィルム “Le Ventre du Monde” を監督し、2006年に東京で撮影した長編作品 “AKA ANA” へと繋がった。2005年以来定住所をもたず、世界中で活動している。展覧会も各国で開かれており、2006年、東京都写真美術館にて “Vortex” 展が、2008年には東京のラットホールにて “Situations” 展が開催された。写真集も多数出版している。最新の展覧会に、2012年ハーグの写真美術館、2013年パリのル・バルにて開催された “Anticorps” がある。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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