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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第20回 2014年9月1日

(画像をクリックすると拡大します)

写真から「1960年代」の空気を感じとる。
写っている女性の服と、髪型と、化粧のせいである。
1967年、ツイッギーというモデルがイギリスからやってきた。
ブロンドのショートヘアーに、お人形のように小さな顔。アイメイクが異様に濃く、とくに下のまつ毛が強調されていた。手足は小枝にように細くてポキンと折れてしまいそう。男の子でも女の子でもない中性的な雰囲気は当時としては物珍しかった。

写真の女性は、一斉を風靡したそのモデルのイメージを彷彿とさせる。
「小枝のような」を意味するツイッギーの体型よりだいぶ太めだし、顔も大きくてエラが張っているが、開閉のたびにバサバサと音のしそうなくらい大きな付けまつ毛が、ほかならぬあの”小枝さん”を想わせるのだ。

上目遣いをしているような、泣きべそをかいているような表情をしている。ツイッギーにもそんなイメージがあったのを思い出すが、きっと長い下まつ毛のせいだろう。
これが強調されると、そう見えるのだ。

女性が座っている場所は道路である。歩道ですらない。
駐車している車のあいだを人が抜けていくような小路に、椅子を出して腰かけている。
客待ちをしているバーの女性だろうか。
着ているのは、脱ぐのに三秒とかからないような簡単なワンピース。もしかしたら娼婦だろうか。

頭の背後には「さわだ」の文字がある。
ちょうどその位置に電信柱の看板が写り込んだわけだが、これがあるのとないのとでは写真の印象は異なる。
ざわめく巷の気配はこれがなくして充分には伝わってこないし、じっと見ていると彼女の名が「さわだ」のような気がしてくるのだ。

「さわだ」さんは椅子に座ったまま、撮影者を正視する。足の組み方は大胆だが、体の前で合わせた腕のしぐさには、媚びる一歩手前のような緊張が出ている。
写真を見る者が計らずも惹き付けられるのは、そこだ。
居直りきれない恥じらいのようなものが愛らしい。

右腕に見える斑痕はたぶん種痘の痕だろう。路上のツイッギーは一皮むけば貧しい。それは当時の日本の貧しさであり、貧しさゆえの生命力でもあるのだ。
気になるのは、フラッシュライトに照らし出されたアスファルトに付着した丸い染みだ。
チューインガムの跡だろうか。
それにしても多い。くちゃくちゃと噛んで、ところ構わずペッと吐く。
そのしぐさにも60年代がにおい立つ。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
渡辺克巳
「Untitled」
1968(Printed in 1980's)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ: 53.5x35.5cm
シートサイズ: 56.0x46.5cm

■渡辺克巳 Katsumi WATANABE(1941-2006)
1941年岩手県盛岡市生まれ(2006年逝去)。定時制だった岩手県立盛岡第一高等学校に通う傍ら、毎日新聞盛岡支局にて事務補助員を務め、その間に写真の魅力を知ります。高校を卒業して上京した後は、東條会館写真部に勤務し、スタジオ撮影の技術を身に付けました。その後、1965年から新宿で手札1組200円のポートレート写真の請負を稼業にする「流しの写真屋」を始め、多くの人々、場所を撮影し続けました。1973年には写真集『新宿群盗伝66/73』を上梓。74年には東京国立近代美術館で開催された「十五人の写真家」展にも出展し、作品への評価も高まります。「流しの写真屋」を辞めて以降は、焼き芋屋や写真館経営なども経験しながら、フリーランスの写真家へと転身。国内外を問わず、各地に撮影へ出掛けますが、その間も一貫して新宿を撮影し続けました。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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