大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」 第21回 2014年10月1日 |
(画像をクリックすると拡大します) 信号の横の表示を見れば、ここがどこであるか一目瞭然だ。 銀座四丁目の交差点。休日らしく人出が多い 晴海通りの信号が変わったとき、そこを渡りはじめた人をとらえたものだ。 歩行者の動きはいっときも止まらず、このように撮りたいと願っても思い通りにはいかないものだ。シャッターチャンスがあるんだか、ないんだか。昨今はデジカメに動画機能が入っているから、動画で撮ってあとから選んだほうがいいと思う人もいるかもしれない。 けれども、動画から選ぶのと、静止画で撮るのとでは撮り手の意識に明らかなちがいがある。静止画で撮るとき、視線はときの狭間を見いだそうとテンションをあげる。シャッターを押すための、ほかならぬこのときを求めて集中する。 その「このとき」はふつうは構図によって決まる。世間に出回っているプロの仕事はだいたいそうで、構図のよさに写真家の腕が出ている。 しかし、この写真はそうではない。フレームの隅々にまで配慮して被写体を収めるのとは異なる意志が働いている。構図を決めようとするるなら、これほど周囲は欠けないだろう。そうした考えに抵抗してこうなっているのだ。 写真家の気持ちは、構図よりは人と空間の生み出すリズムやエネルギーにむかっている。いわばビリヤード台の球を追うような感覚で人通りを撮っているのだ。 ビリヤードの名手が球をひと突きすると、別の球に当たり、それがほかの球を押して、狙ったひとつがすぽっとポケットに入る。 手前にいる水玉模様のワンピースの女性が最初のひと突きだ。アイフォンを握った左手と、くの字に曲がった右手と、欠けている脚に注目。そのために、ノースリーブの袖から出ている上腕とピンとはった背中が印象づく。 彼女は画面左手に向かって歩いている。そちらに行く人は手前側にはほかにいなくて、すぐ後の人は反対方向にむかっている。眼球はそのなかのショートカットの若い女性に当たる。正面をむいた顔のラインとすっきり通った鼻筋。左足のつま先が地面から持ち上がっている、と書いてよく見たらすね毛が生えている! どうやら男性らしい。 男性に当たった眼球は、つぎに彼の少し先を歩いている少年にぶつかる。腕を曲げてやや前のめりになって進んでいる。少年がサングラスをかけていることから、さっきの水玉模様の女性へと球はもどり、彼女が連れているポニーテールの少女へと当たる。この子もまたサングラスをかけているのだ。 球はそこからどこにいくのか。左手奥にいる首にタオルを巻いたメガネの男へと飛んでいく。彼はこちらに顔をむけているただひとりの人物だ、と思ったらもうひとり左の端に野球帽をかぶった少年がわずかに写っている。彼の顔もこちらを向いているが、口から上が帽子のつばの陰に隠れ、目はどこを見ているかわからない。 このように、挙げただけでも六個の球がある。それらがぶつかり合い、エネルギーが弾け、流動するさまを、フレームで捕獲するのではなく撮影者自身がフレームと化して踏み込んでいく。 写真を見ていると、撮られた前後の時間に気持ちがいき、いつしか自分もその流れのなかに立っている。 (おおたけ あきこ) 〜〜〜〜 ●紹介作品データ: 荒木経惟 「銀座 2014」 2014年 ゼラチンシルバープリント イメージサイズ: 64.6x97.0cm シートサイズ: 72.8x103.0cm ■荒木経惟 Nobuyoshi ARAKI(1940-) 1940年東京都生まれ。写真家。 1959年千葉大学写真印刷工学科に入学。1963年カメラマンとして電通に入社(72年退社)。1964年写真集「さっちん」にて第1回太陽賞受賞。1968年同じく電通に勤務していた青木陽子と出会い、1971年結婚。1981年有限会社アラーキー設立。1988年AaR Room設立。1990年妻・陽子が他界。翌年写真集『センチメンタルな旅・冬の旅』を新潮社より出版。 「アラーキー」の愛称とともに多彩な活躍を続け、多数の著作を刊行。海外での評価も高く、90年代以降世界で最も注目を集めるアーティストの一人となる。 主な受賞歴:1994年日本文化デザイン大賞、1999年織部賞、2008年オーストリア科学・芸術勲章を受章、2011年第6回安吾賞、2013年「荒木経惟写真集展 アラーキー」で毎日芸術賞特別賞 〜〜〜〜 ■大竹昭子 Akiko OHTAKE 1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。 主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。 「大竹昭子のエッセイ」バックナンバー 大竹昭子のページへ |
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