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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第23回 2014年12月1日

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この写真を見たときに、最初に目に入るのは遠くの島だろう。いや、島ではなく、半島かもしれない。そのうしろに陸地が見えるから。どちらであるにせよ、海面に突起する遠くのものへと視線が伸びていく。撮影者の立っている場所は高く、木々の生い茂る山道を歩いていたら、突然、視界が開けて海が見えた、というような印象だ。

それだけならば、のどかな気持ちに浸って終わりなのだが、よく見ると、その道の下方に人がいる。女性がふたり、顔をこちらにむけて立っている。周囲を草木で囲まれ、自然にすっぽりと抱かれるような様子で撮影者のほうを見上げているのだ。ここで思わず、わっ、と声を上げてしまう。そんなところに人がいるとは思わなかった。何度見てもこの驚きはおなじで、視線が遠くに伸び、手前にもどってきて、ふたりの人影を認め、ぎょっとする、というのを繰り返す。

時間は昼間で、木立を見れば光も射しているようなよい天気なのに、ここに漂う気配はただごとではない。いきなり妖怪が現れたような鬼気迫るものがある。ふたりの足が枝に隠れて写っていないからだろうか。顔がよく似ていることも関係しているのだろうか。

もし画面全体が森で、木々の上にただ空が見えているだけならば、ふたりがいたとしても、さほど異様ではないだろう。上の部分を隠してみると、それがわかる。草木の繁茂する山道に人がいる、というシンプルな構図で、驚くものはなにもない。ということは、茂みのむこうに荒磯が見え、そこに巨大な岩が転がっていて、浜には白波が立っていることがいけないのだ。それが異界を連想させてしまうのである。

縦長の画面のなかに、距離感の異なるものが配されているのは、掛け軸などによく見られる構図である。いちばん手前が撮影者のいる場所で、つぎがふたりの女性が立っている階段で、そのあと磯、海原、遠くの島へとつづく。近くから遠くへと視線をひっぱる導線が敷かれ、はるか彼方に伸びていこうとする心の動きを誘発する。見る側の気持ちがそれに乗って移動しようとしたとき、下から見上げるふたりの視線にばさっと断ち切られるのだ。まさしく薮から棒な視線。

つまりこの写真には、スチルのなかに動画のような視点の動きが幾重にも埋め込まれている。それは距離の差と高低差の掛け合わせからくるものであり、目が移るたびに異なる感情と体感が刺激される。この感じ、なにかに似ているなと思ったら、北斎だ。彼の浮世絵を見ているときにわき起こる感覚には、これに近い揺さぶりがあるような気がする。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
百々俊二
〈日本海〉より
「青海島」
2011年撮影(2013年プリント)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:55.0x44.0cm
シートサイズ:60.9x50.8cm
サインあり

■百々俊二 Shunji DODO(1947-) 1947 大阪府生まれ
1996『楽土紀伊半島』で日本写真協会年度賞
1999 『千年楽土』で第24回伊奈信男賞
2007 日本写真芸術学会 芸術賞
2011『大阪』で第23回写真の会賞、第27回東川賞受賞

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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