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大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」
第24回 2015年1月1日

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まず目に飛び込んできたのは机だった。長い。しかも、わずかに弓なりにしなっている。ふつう教室の机はまっすぐだし、これほど長くはない。ということは、階段教室の机なのではないか。教壇を中心に弧を描くように設置されたそれを床から剥ぎとり、校舎の外に運びだし、積み上げて、バリケードにしたのだ。曇り空を映して天板が白く光っている。その白さが机のカーブを強調し、スウィングしているような、音楽的なリズムを生み出している。

バリケードのむこうのデモ隊は、そのリズミカルな動きとは対照的にもの静かだ。スクラムは組んでないし、シュプレヒコールもあがってはいないようだ。コートのポケットに手をつっこんでむっつりと歩いているところが、いかにも学生ふう。背後で気になることが起きているのか、うしろを振り向いている人もいるが、ぜんたいとしてデモというより、どこかに連行されているような印象だ。ヘルメットだけを見ていると、てんとう虫の群れが進んでいるようにも見えてくる。

デモ隊から少し距離をとったところには見物人が立っている。ネクタイをしている人が目立つのは大学の職員や教官が多いからだろう。そのむこうの並木道にも人影がいるが、もっと傍観者ふうで、目前で起きていることへの関心の度合いが距離となって現れ出ているのを感じる。

ここで気を留めたいのは、撮影者はどこにいるのか、ということである。
バリケードのこちら側、つまり封鎖された学内のなかにいる。そこから外にレンズをむけてシャッターを切っているわけだが、実に平明な眼差しだ。デモ隊の背後にバリケードが写っているなら、もっと物々しい雰囲気がでただろうし、報道写真ならそう撮るにちがいない。

でもこの写真では、デモ隊のむこうにいるのは見物人である。日常と非日常の共存こそが現実だと主張しているようだし、デモしている人と傍観者が同時にとらえられているために、立場のちがいにも意識がいく。

報道カメラマンは何かが起きてはじめて現場に飛んで行く。前後の脈絡を飛ばして緊急事態そのものにレンズをむけるから、写真に写るのは非日常的な光景である。ところが、バリケードの内側にいる人にとってはそうではない。彼らは封鎖された空間のなかで寝て起きて食べる。荒れた校舎のなかでしばし生活しているのだ。この写真はそちら側から撮られたものだ。封鎖の内側から外を眺めたとき、目の前の世界はひっそりと静かな、遠く隔たったものに映ったのである。ふたつの世界を分かっているのは階段教室の机であり、積み上げられたフォルムが人間以上に強いエネルギーを放っている。
(おおたけ あきこ)

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●紹介作品データ:
渡辺眸
「東大全共闘1968-1969」
1968年
バライタ・ヴィンテージ・プリント
イメージサイズ:18.8x24.8cm
シートサイズ:20.6x25.4cm

■渡辺眸 Hitomi WATANABE(1942-)
1942年東京都に生まれる。1968年東京綜合写真専門学校卒業。1960年代末、新宿の街と全共闘ムーブメントに出会い、東大安田講堂のバリケード内で唯一撮影を許された女性写真家として知られる。1970年代にはアジア各国を旅し、インドとネパールには“魂の原郷”を感じてしばらく暮らした。スピリチュアル・ドキュメント写真を撮り続ける第一人者。写真集に『天竺』(野草社、1983年)、『モヒタの夢の旅』(偕成社、1986年)、『猿年紀』(新潮社、1994年)、『西方神話』(中央公論新社、1997年)、『ひらいて、Lotus』(出帆新社、2001年)、『てつがくのさる』(出帆新社、2003年)、『東大全共闘 1968−1969』(新潮社、2007年)などがある。

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大竹昭子 Akiko OHTAKE
1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。
主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。

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