大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」 第25回 2015年2月1日 |
(画像をクリックすると拡大します) どういう状況でシャッターが押されたのか。 この写真を見て、まず頭に浮かんだのは、そのことだった。 遠くの丘の上に建物がたっていて、ピントはそこに合っている。その建物を撮ろうとしてカメラを構えていたら、横から牛が割り込んできた、というのが最初に浮かんだ筋書きだった。 だが、よく見ると鼻輪に人の手がかかっている。牛はひとりではなく、引かれてこの場所にきたのだ。割り込むほどのスピードは出ていなかっただろう。 背後の建物はシンメトリックでいかめしい。中央に開いた馬蹄形の入口がトンネルの穴のよう。そこからまっすぐ伸びた道の先端に牛がいるという構図だが、その牛ののどかさと、建物の威容がつり合わない。いったい両者はどのような関係にあるのかと首をひねってしまう。 そこで、写真を上下に分け、まず上半分を注視してみた。主題はまちがいなく建物にある。スティーブン・キングの小説に出てきそうなホラーな雰囲気を漂わせたゴシックテイストの建築だ。同じかたちの窓が、訪ねる者を監視するようにファサードに整列している。黒々した空、白く飛んだ手前の茂みの凄みもあいまって、人の接近を拒むような完結した世界が潜んでいるのを感じる。 つぎに下半分だけを眺めてみる。画面のほとんどが牛に占められているが、レンズに近づきすぎて顔がボケている。でも、こちらをじっと見つめているように思える。両眼は写っていないにもかかわらず、視線が感じられてしまうところが不思議だ。 つまり建物も牛も、目ではない何ものかでこちらに視線を送っている。意味ではなく、存在の放っているテンションで、ふたつは結びついているのだ。 牛の顔の白い部分が気になって仕方がない。眉間から鼻先に伸びたごくありふれた模様なのだが、ボケているため毛並みがわからない。写真のなかで、この部分がもっとも白く、大きいために、気になるとそこばかりに目がいてしまう。そして、見つめるほどに、奇妙な空白が宙に浮いているように感じられてくるのだ。 すべてを解く鍵は、この空白のなかに隠されているのかもしれない。 (おおたけ あきこ) 〜〜〜〜 ●紹介作品データ: 奈良原一高 〈王国〉より《沈黙の園》(1) 1958年 (Printed 1998) ゼラチンシルバープリント イメージサイズ:47.6x31.3cm シートサイズ:50.8x40.6cm ■奈良原一高 Ikko NARAHARA(1931-) 1931年福岡県生まれ。本姓は楢原。中央大学法学部卒業後、早稲田大学大学院で美術史を専攻。前衛美術に傾倒し、1955年には池田満寿夫、靉嘔らが結成したグループ「実在者」に参加。在学中の1956年に、初個展「人間の土地」を開催し、ほぼ無名の新人の個展としては例外的な反響を呼び、鮮やかなデビューを飾った。それに続き、1958年には極限状況を生きる人間にフォーカスを当てた「王国」を発表、日本写真批評家協会賞新人賞受賞。1959年東松照明・細江英公・川田喜久治・佐藤明・丹野章と、写真家によるセルフ・エージェンシー「VIVO」を結成(1961年解散)。 その後滞欧し、帰国後の出版した写真集 『ヨーロッパ静止した時間』で、日本写真批評家協会賞作家賞、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞を受賞。1975年写真集 『消滅した時間』、1986年写真集『ヴェネツィアの夜』で日本写真協会賞年度賞。1996年紫綬褒章受章。2002年パリ写真美術館で、2004年東京都写真美術館で回顧展が開催されるなど、国内外で高く評価されている。2005年日本写真協会賞功労賞受賞。 〜〜〜〜 ■大竹昭子 Akiko OHTAKE 1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。 主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。 「大竹昭子のエッセイ」バックナンバー 大竹昭子のページへ |
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