大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」 第28回 2015年5月1日 |
(画像をクリックすると拡大します) 燦々と陽の光がふりそそぐ路上にひとりでしゃがみ込んでいる人影がある。それが少女なのは一目でわかるし、まちがいようがないのだけれど、写真を見るたびに思い浮かぶのが老女の姿なのは、どうしたことだろう。 老人はよく路上で座りこむ。家にたどりつく前にくたびれ、立っていられなくなってぼうっとした顔でそこにいる。しかし、子供だってよくしゃがむし、老人よりもずっとたくさんそうするではないか。少女が老人の姿を連想させるのは、もっとほかの理由がありそうだ。 ピンと立った右手の薬指に光が当たっている。画面のなかでもっとも光を感じさせるのはここで、見ているうちに、影になって見えない人差し指のあいだに煙草が挟まれているような錯覚が生じた。口元に当てられている左手もまた喫煙のしぐさと結びつくし、加えてもうひとつ、彼女の背後にただようわずかな雲もたばこの煙を連想させなくもない。 この写真を見た瞬間に、炎天下の路上にしゃがみ込んで煙草を吸っている老女のイメージが、わたしのなかにまざまざと浮かび上がってきたのだった。その姿を無意識のうちに少女にダブらせていたとみえる。 そう考えてみると、老人と幼児はどこか似ているところがありはしないだろうか。 日々、同じ歩幅とリズムで役割を着々とこなしていく社会人とちがい、彼らは興味のあるものにはぐっと寄っていき、そうでないものには冷ややかだ。この物事への独特の距離感は、社会活動のまっただ中にいたときにはなりを潜ませていたものが露になっていくさまを感じさせる。人は人生の最初のときと最後のときに、その人の根底を流れるエキスにもどるのかもしれない。 「炎天下の路上にしゃがみ込んで煙草を吸っている老女」のイメージは、強い陽ざしと、路面のざらっとした感触と、右から伸びている黒い影によって増幅されている。 ある場所の記憶がよみがえってくる。あたりの景色の雑駁さや低層の陸屋根の建物なども、記憶の巻き戻しを助けているようだ。おばあさんが路上で煙草を吸うのに相応しい街路。それは沖縄でしかありえない。少女のノースリーブの腕越しに強い光を見上げる低いカメラアングルが、南の島の光景を引き寄せるのだ。 路上に身をなげだしてカメラを構える撮影者のからだは、太陽の直射を受けて熱くなっているだろう。頬や腕は焦げ、体の輪廓はあいまいになり、アスファルトと一体になっているだろう。この灼熱の光こそが、時間の感覚を奪ってしまう犯人なのだ。老女と少女は、そのとき、ひとつになる。 大竹昭子(おおたけあきこ) 〜〜〜〜 ●紹介作品データ: ミーヨン 〈よもぎ草子〉シリーズより 「Erigeron canadensis #390」 1999年撮影 (2014年プリント) ゼラチンシルバープリント イメージサイズ:33.4x33.4cm シートサイズ:35.6x43.2cm Ed.10 サインあり ■ミーヨン Mi-Yeon(1963-) 韓国ソウル生まれ。1988年渡仏。パリ写真学校「icart photo」で写真を学ぶ。1990年より東京在住。以後、写真家としての活動をはじめ、"存在すること"の確かさと不確かさを問う表現に取り組む。 主な写真展 「Alone and Together」(2013年 ギャラリー冬青/東京) 「2歳の瞬間」(2002年 せたがや文化財団・生活工房/東京) 「EXISTENCE – Erigeron canadensis」(2000年 モール/東京) 「EXISTENCE」(2000年 ギャラリートモス/東京) 「かたちのある街」(1995年 モール/東京) 著書 『よもぎ草子』(2014年 窓社) 『Alone Together』(2014年 kaya books) 『月と太陽と詩と野菜』(2006年 角川春樹事務所) 『LOVE LAND』(2004年 PHP研究所) 『いまここにいるよ』(2002年 偕成社) 『I was born ソウル・パリ・東京』(2001年 松柏社) 〜〜〜〜 ■大竹昭子 Akiko OHTAKE 1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。 主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。 「大竹昭子のエッセイ」バックナンバー 大竹昭子のページへ |
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