大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」 第30回 2015年7月1日 |
(画像をクリックすると拡大します) 大聖堂の広場で演奏をする三人の男。演奏している楽器はひとりはトロンボーンで、ほかの二人はよく見えないが、弦でないのはたしかだ。管楽器のトリオのようである。炎天下にやってきて、譜面台を立て、チップ用の鞄を置いて演奏をはじめた。 ところが演奏はしょぼくてまったくいけてない。音程が不安定で、ハーモニーが生まれるどころか、ようやく音を出しているようなおぼつかない状態。無視して通り過ぎる人がほとんどで、鞄のなかはもちろんからっぽだ。 実際はどうだったか。写真に音は写らないから事実は霧の中である。もしかしたら素晴らしく上手で人々は聴き惚れていたかもしれない。でもそのような想像は生まれなかった。この写真のどこかに退屈な演奏を連想させる種があるのだろう。 ひとつには観客がわずかなことである。地面に落ちている影から想像するに十人に満たないだろう。演奏者に頼まれてしぶしぶと集まった友人たち。立ったまま聴かされるのはツラいなあ、早く終わってくれないかなあ、と思っている。 ふたつには演奏者とのあいだの距離である。白々したこの空白には、だれかが意見を言ったあとの沈黙にも似た冷たさがある。口ではお上手をいっても、感じていることはだれも同じなのだ。ずいぶん心臓だなと。 みっつ目は大聖堂が立派すぎることである。どうしたって三人の姿と比べずにはいられない。人間の尺度をスケールアウトした、完成までに職人が何人あの世に逝ったかと思わせるような巨大さ。こういう建築物が相手ではなにが来てもビジュアル的に負けてしまう。弱く小さく見える彼らが演奏も貧弱そうに感じられるのは仕方がない。 だが、考えているうちに、これらの理由はそれほど大きいものではないように思えてきた。もっと重大な鍵をにぎっているものがある。ジャケット姿の男だ。画面の半分ちかくを覆っている彼の大きな背中こそが、演奏をつまらないものに見せている張本人なのではないか。 男の立っている場所はだれよりも演奏者に近い。シャッターが切られたのがもう一歩前ならば、演奏者とのあいだに観客はいなくて陽の当たる敷石が白々と写っただけだ。男の頭に目がいく。頭髪の左側らしきものがわずかに写っている。演奏者のほうを向いて集中しているような素振りだが、頭はわずかに左に曲がっている。最前列にいながら彼は演奏を聴いていなくて、別のことに気持ちがいっているのだ。 見ているうちに、彼はこの場を仕切っている監督のような気がしてきた。陰険な男である。褒めることはぜったいにない。文句をつけだすと嬉々とする。いや、彼の本当の目的は演奏ではないのかもしれない。大聖堂の広場で演奏するヘタクソ三人組を監視するために遣わされた秘密警察かもしれない。すべては彼の大きな背中のせいだ。調和を乱す不穏なものがそこに漂っている。 大竹昭子(おおたけあきこ) 〜〜〜〜 ●紹介作品データ: 田中長徳 「WIEN 2グラムの光 #5 Wien 1973」 1973年撮影(2015年プリント) Gelatin Silver Print Image size: 21.0x31.5cm Sheet size: 27.9x35.5cm Ed.10 サインあり ■田中長徳 Chotoku TANAKA(1947-) 1947年 東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。日本デザインセンター勤務を経てフリーランス写真家となる。 1973年から7年間ウィーンに滞在。日本人写真家の巡廻展「NEUE FOTOGRAFIE AUS JAPAN」に参加。文化庁派遣芸術家として、MOMA(ニューヨーク近代美術館)にてアメリカの現代写真を研究。個展多数開催。『銘機礼賛』『屋根裏プラハ』『LEICA, My Life』など著書は125冊に及ぶ。 〜〜〜〜 ■大竹昭子 Akiko OHTAKE 1950年東京都生まれ。上智大学文学部卒。作家。1979年から81年までニューヨークに滞在し、執筆活動に入る。『眼の狩人』(新潮社、ちくま文庫)では戦後の代表的な写真家たちの肖像を強靭な筆力で描き絶賛される。都市に息づくストーリーを現実/非現実を超えたタッチで描きあげる。自らも写真を撮るが、小説、エッセイ、朗読、批評、ルポルタージュなど、特定のジャンルを軽々と飛び越えていく、その言葉のフットワークが多くの人をひきつけている。現在、トークと朗読の会「カタリココ」を多彩なゲストを招いて開催中。 主な著書:『アスファルトの犬』(住まいの図書館出版局)、『図鑑少年』(小学館)、『きみのいる生活』(文藝春秋)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『ソキョートーキョー[鼠京東京]』(ポプラ社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『日和下駄とスニーカー―東京今昔凸凹散歩』(洋泉社)、『NY1980』(赤々舎)など多数。 「大竹昭子のエッセイ」バックナンバー 大竹昭子のページへ |
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