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太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」
第17回 2022年12月12日
ウェブで読む未来派の宣言と雑誌

太田岳人


本連載の第13回の記事で私は、未来派の宣言・資料の翻訳集の制作を視野に入れたシンポジウムに触れつつ、そのためには海外で進行中の原典のオープンリソース化も視野に入れる必要があることを述べた。ただし実のところ、昨年末の『立命館言語文化研究』で研究仲間が個々に引用する複数のオープンリソースの情報を読むまで、自分はむしろそれらをよく見ていなかった方であろう。幼少期からコンピュータゲームなどで遊んでいたわりには、紙媒体の史資料でないとどうも読んだ気がしない、という感覚はいまだに自分の中に残っている。また2010年代からは、現時点で最大の(紙に印刷された)未来派資料集として企画された高額の「新未来派アーカイヴ」【注1】の既刊を購入しており(その際には研究助成金も使っている)、まずそれらを使い倒さなければという使命感もあって、ウェブ方面の動向を自分で言うほど真剣に見ていなかったのも確かである。

ところが改めて見ると、「このあたりを押さえておけば、一通り未来派を語ることができる」と言える、質と量を備えたオープンリソースもずいぶん充実してきた。たとえば、最も容易にアクセスできて使いやすいものの一つとしては、女性美術史家パオラ・バロッキが2006年に設立した「メモフォンテ財団」が提供する、50点強の歴史的な未来派の展覧会カタログと、400点強の未来派の宣言・文書の、ファクシミリ復刻版のPDFデータが存在している。

図1 メモフォンテ財団
図1:メモフォンテ財団公式サイト、「展覧会カタログ集」の検索画面。
※筆者によるスクリーンショット
バロッキの一番の業績は、ミケランジェロやマニエリスムといった16世紀イタリア美術の研究であるが、同時に彼女は、近代も含めた美術批評の歴史に関する資料集公刊にも熱意を注いでいる(『バーリントン・マガジン』の追悼記事を参照)。とりわけ、彼女が1974年に自ら設立したSPES(「精選出版のための工房」の略)出版は、2種類の函入りファクシミリ復刻版資料集――1911年から1931年までの『未来派展カタログ集』(1977年−1979年)と、1909年から1944年までの『未来派の宣言・声明・発言・理論的文書集』(1980年)【注2】−−を公刊することで、特に1980年代から90年代において、研究水準の向上に大きな役割を果たした。上記したメモフォンテ財団の公開データは、この2つの資料集の中身を電子化したものである。本連載第7回の注釈で、後者の「未来派箱」を大切に所有されていた方について触れたが、私も大学院生時代、この「未来派箱」の中身を通読するため、自宅から一番近い所蔵先になる東京芸術大学の図書館に何度も通っていたので、色々と感慨深い。

多木浩二の未来派論集成に11本の宣言文の新訳を提供した多木陽介氏は、それらの底本として、アッカデミーア・デッラ・クルスカ(クルスカ学会)の未来派特集コーナーに掲載された史料を活用していることを明言しているが、実はそこで使われているのも、メモフォンテ財団が公開している『未来派の宣言・声明・発言・理論的文書集』のファクシミリ復刻版である。イタリアの最も古い言語研究機関であるクルスカ学会は、イタリア美術(史)における語彙の変遷をたどる企画の一環として近年未来派を取り上げ、同資料集の400点あまりのテキストから214点に絞りつつ、その分析結果とともにPDFを公開した。

単純な諸宣言の紹介としては、メモフォンテ財団のサイトで見ることのできるものの縮小版となるわけだが、こちらではキーワードの自由検索や、調査結果に基づく未来派的語彙などから、各種の宣言を逆引きすることができる。クルスカ学会の調査範囲に基づく、副詞や前置詞、さらには動詞の活用形まで含めての「頻出する未来派的語彙」の量を見ると、「速さvelocita」「機械macchina」「綜合sintesi」といった、未来派が強調した諸概念の中でも、やはり「戦争guerra」が突出してくるらしいことに苦笑させられる【図2】。ともあれ、テキストを様々な側面から読むことができるという点で、このクルスカ学会版のデータベースも貴重である。

図2 アッカデミーア・デッラ・クルスカ
図2:アッカデミーア・デッラ・クルスカ公式サイトより、「頻出する未来派的語彙」。
※筆者によるスクリーンショット

これらと比べて肩が凝らない、未来派に関してウェブ上で閲覧できるデータ集としては、ミラノ大学付属のAPICE(「言語、イメージ、出版伝達についてのアーカイヴ」の略)センターの所蔵品である「セルジョ・レッジ20世紀コレクション」あたりが面白い。同コレクションには、20世紀の同時代文学、児童向けの読みものと合わせて、1200点を超える未来派のビラ・パンフレット・雑誌が収録されている。元が個人コレクションなので、出版物を網羅的に調べるのには適さないものの、マニアックな一号雑誌を含め、60タイトル以上のイメージへ簡単にアクセスできるのは魅力的である。また、未来派関連のもののうち150点に、様々な芸術家のサインが付いているというのも興味深い特徴である。

元のコレクターのセルジョ・レッジ氏について、APICEのサイトでは詳しく語られていない。しかしイタリアの演劇研究プロジェクト「Ormete(「オーラル/記憶/演劇」の略)」の提供する情報によれば、レッジ氏は1938年生まれの元俳優で、大学演劇の世界で活躍した後に舞台やテレビドラマにも進出したものの、聴覚障害により1980年代には現場を退いた人物である。早期リタイアの影響もあってか、Wikipediaなどにも項目はない。しかし、著名人とは言いがたい彼が一つ一つ丹念に集めたものからは、対象に対するコレクターの人間的関心と愛着が、電子化された情報からも確かに伝わってくるものがある。先に挙げた二つのサイトは、イタリア語の必要性および適切な注釈・解説の不在という点で、初学者が挑むには難しい部分も多いと思うが、こちらのサイトで雑誌や書籍の表紙を漠然と眺めるだけでも、未来派の世界の入り口としては悪くないと私は思う。

図3 セルジョ・レッジ20世紀コレクション
図3:APICE公式サイト、「セルジョ・レッジ20世紀コレクション」の検索画面。
※筆者によるスクリーンショット

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【注】
注1:Enrico Crispolti (a cura di), Nuovi archivi del futurismo. Cataloghi di esposizioni, Roma: De Luca, 2010; Matteo D’Ambrosio (a cura di), Nuovi archivi del futurismo. Manifesti programmatici: teorici, tecnici, polemici, Roma: De Luca, 2019.

注2:Piero Pacini (a cura di), Esposizioni futuriste, 2 vol., Firenze: SPES, 1977-1979; Luciano Caruso (a cura di), Manifesti, proclami interventi e documenti teorici: 1909-1944, 4 vol., Firenze: SPES, 1980. なお、日本の大学図書館の横断検索を行ったところ、両方の函入り資料集を所有しているのは、筑波大学と東京女子大学だけである。

おおた たけと

・太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」は隔月・偶数月の12日に掲載します。次回は2023年2月12日の予定です。

■太田岳人
1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学・東京医科歯科大学で非常勤講師。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。E-mail: punchingcat@hotmail.com

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