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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第10回 2017年01月10日
第10回 建築への静かな姿勢

スイスから、新年明けましておめでとうございます。

このエッセイもこれで第10回となりました。たまたま記事を見つけて来られた方も、毎回楽しみにしていてくださる方も、どちらとも言えない方も(笑)、読んでいただきどうもありがとうございます。
スイスで建築をしていて感じたことを自分の中だけに留めずにどこかへ発信できればと思って始めましたが、誰かわからないけれど世界のどこかでそれを受信していてくれる方がいるという事実は、小さな村で活動をしている僕にとっては心強いこと。と同時に、よく考えてみるとどこか不思議な気持ちにもなります。
これからも自分がいいなと、面白いなと感じたことを無理なくできる範囲で綴っていこうと思っています。今年もよろしくお願いします。




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12月も終わりにさしかかってきた頃、知人のクリスマスディナーに誘われました。Chur から電車で30分程西へ向かいイランツ(Ilanz)という街に着きます。そこからバスで東に少し戻ってヴァレンダース(Valendas)という小さな村が今回の目的地です。ここに古い建物をできるだけ手を付けずに改装したホテル(貸別荘)があり、そこで食事をして宿泊するというわけです。実はこの村は、近年村興し(とまでの規模ではないけれど)として複数の建物を改修することで今後の村の在り方を探っています。正面に見えるのが村の広場(井戸)で、そこに面してギオンカミナダ(Gion Caminada)改修の建物があります。右奥にあるのが今回の宿泊先です。

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この井戸の反対側には、フリムスを拠点に活躍している Selina Walder und Georg Nickisch によるビジターセンター(2016)があります。つまり井戸を中心にそれにほぼ面した3つの建物が改修されています。

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ビジターセンター内部は白く塗られて展示室になっていて、オルジアティ改修のフリムスにあるイエローハウス(Gelbhaus)が良くも悪くも頭の中に過ぎりましたが、師の影響はなかなかぬぐえないもの。外観は元学校の面影を残すように落ち着いた手の加え方です。


僕たちが宿泊したゲストハウスは、実は昨年から泊まってみたいなと思っていたところでした。友人からクリスマス休暇の滞在先参考として保存建築物に泊まれるという話を聞き、そのウェブサイトで見つけたはいいものの、既に予約で一杯だったのです。http://www.magnificasa.ch


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宿泊先であるTüralihuus(小さな階段塔の家)は1485年に建てられ、18世紀末に建て増しされています。もちろん縦方向にも増築され、通称玉ねぎ屋根の塔は貴族としての威厳を村の人たちに表すためのものでした。そして60年以上空き家になっていたところを2007年に Stifung Ferien im Baudenkmal des Schweizer Heimatschutzes という、言わば保存建築物を宿泊所にして有効活用しようという機関の手に渡り、2010-14にイランツで活躍する Capaul & Blumental Architekten という建築事務所に改修されています。いやもっと言えばほんの少し補修されているだけです。


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図面を見てみると西側に階段塔があり、広い踊り場のような場所からバスルーム、キッチン、寝室やリビングへアプローチします。北側部分へは、キッチンを経由して向かう。所々に段差があり、そして開口部も限られているため方向感覚がやや不確かで、実際に中に入ると少し混乱するところがあります。天井も低めで壁も真っ直ぐでない。子供のためのアトラクションのような感じもする。こうした段差は初めから意図したものではなく度重なる増改築によるものですが、アドルフロースのラウムプランを思い起こさせます。


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メインの部屋は大きなオーブンがあります。これはドイツ南部の農家を調べていた時にもたくさん見かけました。この反対側に必ずキッチンがあって壁の中でつながっており、ここで炊いた火で調理もします。今回はなかったのですが大抵はベンチが付属してそこに祖父母が座り、また近くで雪に濡れたブーツを乾かす。家族が集まって来るのが想像できます。

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写真奥の寝椅子があるところの壁は接木のように補修されています。異なる種類の木材で補修されていて、ちょっとしたアクセントになっています。部屋という器に施された金継ぎのような印象を受けました。


スイスの建物は一般的にみて日本よりも長い間そこに存在し、部分的に改修されてきているものが多く、空間の中に様々な時系列が存在しています。例えばここは1700年に、そしてここは1850年に改修され、更に増築された。。など。今現在からしてみれば、もはやどこがどの年代からなのか全くわからない。だから今回の補修も、声高々に「私たち建築家はこう改修して空間を豊かにしました!」という感じがしません。もちろん劇的な変化もない。しかし、そうした保守的なコラージュに実はとても労力がかかっており、その軌跡をふとした瞬間に見つけた時のニヤッとしてしまう楽しさは建築家でなくとも感じられるものではないでしょうか?

こうした建築に対する静かな姿勢も学んでいくべきだと僕は強く感じています。
すぎやま こういちろう

写真5.6枚目はp31.32, 11-2015 werk, bauen+wohnenより掲載
参考資料
Architekturrundgänge in Graubünden Valendas, Bündner Heimatschutz
Dorfgeschichten 11-2015 werk, bauen+wohnen, Verlag Werk AG
Surselva Aufbruch im Dorf, Themenheft von Hochparterre, Oktober 2014

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。
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