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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第18回 2017年09月10日
第18回 州立美術館

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今回はクールにある美術館を紹介しようと思います。

今、僕の住んでいるスイスのグラウビュンデン州の州立美術館は1875年にJohannes Ludwigという建築家によって建てられ、施主であるJacques Ambrosius von Plantaという(覚えるのが難しい)名前の方に因んで”Die Villa Planta”と名付けられました。その後、所有者が変わりながらも自然博物館として使用され1981年に新しい博物館にその機能が移転し、現在のように企画展ができる美術館として使用され始めました。
そしてズントー(Peter Zumthor)とPeter Calonder、Hans-Jörg Ruchが協働で改修をし、三年余りの工事を経て1990年には州立美術館として再オープンしています。

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外からでもよく見える主な改修部分は、現在ミュージアムカフェのあるサンルーム部分と、本館と隣の別館(現在は解体され2016年にスペインの建築家Estudio Barozzi veigaにより新築されている)を繋いでいたブリッジ部分でした。

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現在は(噂によれば構造家のPatrik Gartmannが引き取って)クールとハルデンシュタインの間にあるトウモロコシ畑の傍に置かれています。(今後どうするつもりなのでしょう。。)

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ブリッジを写真で見るとスチール構造のように見えるのですが実は木造で銀色に塗られています。なぜステインではなく、木のテクスチャを消すように厚く色を塗られていたのか?石造の本館と別館を繋ぐモノとして、“木造である“と見せることは素材として(の印象も含め)柔らかすぎたんだと僕は考えます。かといってスチールでは繊細ながらも重く堅すぎる。木造の軽やかさとスチールの堅強さという、矛盾しそうな2つの事柄の両義的な表現が必要だったのではないでしょうか?(実際は予算の関係で比較的安価な木造になったとかいうオチもありそうですが。。。)

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サンルーム部分に関しては何度か足も運んでいたのですが、担当しているプロジェクトの参考にしようと気にかけながらチェックしていきます。建築に限ったことではないのですが、身の回りに溢れているもの、当たり前に見て使っているものほとんどすべては、何かしらの理に適って作られ購入され使われているのだと僕は思い込んでいるところがあります。
そして今回のように「さてミュージアムカフェってどんなところであるべきだったろう」と考え出すと途端に、そこにあって見ていたはずだったけれど、きちんと認識していなかった色々なモノがどんどん露呈してきて、初めてメガネを買ってかけた時みたいに良さも粗も見えてくる。はたしてどこか理に適って作られ、どこがまだ改善の余地があるままに放ったらかしにされてしまっているのか。そんな「皆は気づいていないかもしれないけれど、僕は見つけたぞ」という発見をすることは常に僕の好奇心を搔き立てて、物事を考え直し改善することの面白さを再認識させてくれます。

建築することは建築家個人が作家として持っている“何か“を、空間を提供することによって表現することかもしれないけれど、建築が建っている地域の中で(もっと言えば世界で)通用する建築空間を世界中の建築家たちによって日々改善し、時代によって変わりゆく社会に合わせながらも、生活環境を新しくより良くしていこうとする行為でもあると思っています。


建築には、建築雑誌を見て“これは凄いな“と思いながら舐めるように見てしまう建築があり、中でも毎日同じページをめくっても飽き足らずに忘れられないものはいつか訪れたいと強く思い、またその中で、偶然にも時期が巡ってきて遠く離れていても実際に訪れて体験することができる。
そういった話で言えば僕にとってこの州立美術館の改修は、別の建築を見に行ったついでに駅の近くにあったから行ってみよう、くらいの関心の持ちようであったと思います。

さて、久しぶりに訪れてみると本当に落ち着く。今日は天気も良く風が気持ちよかったので窓が一部開いていて、窓が開いていたのを見たのは初めてで、開けることができたんだと思わず驚いたくらいです。(もちろん把手があったので物理的には可能だったに違いなかったのですが、なぜか開けられないような、開けてはならないような気配がありました)

その爽やかな空間で寸法を測り始めると、少し不審に思ったのか、一人で勉強していた人が声をかけてきました。よくこのカフェへ勉強しに来ているようで、僕が「よくよく考えてみたらものすごい良い空間だったことに気づいた」と話すと「私もそう思うからかなり頻繁に来るんだよ、ここは明るくて比較的静かで心地よいから」と返事がきました。
建築は、特に新しく建ったばかりの建築、有名な建築家が設計した建築はいつも僕を魅了するけれど、自分が作り手として何かを探し求めている時には、意外と身の回りのなんでもない空間が最も心地よく時には斬新ですらあり、一番の参考になる。そんなことを発見した1日でした。
もちろん、今回は(たまたま)ズントーらの協働設計だったのですが。。笑
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

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