ときの忘れもの ギャラリー 版画
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第20回 2017年11月10日
第20回 軽やかなコンクリート

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今回はクールを拠点に活躍する女性建築家Angela Deuber(アンジェラ ドイバー)による学校建築を紹介しようと思います。

この学校建築は2013年に竣工。できて間もない頃に僕は一度訪れたことがあったのですが、夏休みの時期であったため中を見学することができませんでした。
実はこの間、Beton Suiss主催のコンクリート建築を対象にしたコンクール“Beton17”があり、1977年から四年ごとに開催されているその名誉あるコンクールで受賞したこともあって、再び気になってきてしまいました笑。ということで、今回は内部も見学できるようにきっちりとアポイントを取ってからの再訪です。


建築空間での体験は、その日の天気(とりわけ外光の状態)によって、季節や時間帯によって、また自身の体調や気分、時には一緒に訪れてまわる人が誰かによっても感じ方が大きく変わります。
雑誌やインターネットで見る建築写真やイメージは(図面でさえも)一見ニュートラルに建築を紹介しているようで、その投稿者である設計者、記者の意図によって上手く切り取られて固められた表現です。そうしてデザインの意図を正確に第三者に伝えることは作り手としてとても大切である一方で、良くも悪くも強い印象や先入観を与えてしまうこともあります。
それと比べて建築を見に行って出会うのは、“建築とそれにまつわる事柄が安定していない状態” です。そしてそこでの体験とは、建築とその周りの環境に次々と起こる、時に人間も含めた振る舞いのやり取りを見るようなものです。建築が開口部を通してどうやって移りゆく太陽の光を上手く取り入れ、室内に美しい光と影を現してくれるのか?同じ時間帯の同じ方向からの光でも異なる開口部を介することでドラマチックな強い光になったり、柔らかい優しい光になったりと建築は光を自在に変化させます。また建築は外の騒音をシャットアウトして室内に静寂をもたらしながらも、例えば書斎にあるグラモフォンから聞こえる演奏を心地良く響かせることができます。雨や雪の日に暖かい部屋で木材やコンクリートの少し湿った匂いを嗅いだ時、建築は確かに外の環境から自分を護ってくれているんだと感じることができます。

建築を生き生きと健康的に生き永らえさせるには建築と人と環境との間に良いコミュニケーションができているかどうかがとても大切なことだと僕は思います。実際に建築を訪れて、時には驚きがっかりしながらもその交流を見届け、また新たな発見をしていくことが多くの時間をかけてデザインし、大変なお金とまた労力をもって作られた建築に対する敬意と責任ではないでしょうか。



話を戻して学校を見ていきます。

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クール(Chur)から電車でオーストリア方面へ。国境手前の駅で一度乗り換えてザンクトガレン(St.Gallen)へ向かう途中の駅シュタート(Staad)で降ります。ここはボーデン湖に面していてお隣はオーストリア、反対側はドイツです。駅から緩い坂を登って少し降りてちょっとした谷間まで、10分くらいで目的の場所に着きました。

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外観の印象は三角形がなんだかいたるところにある。。です。その男らしい思い切りの良いデザインから女性建築家が設計したと初めに聞いた時は正直驚きました。構成はコンクリートでできた逆三角形のトラス壁が各階のスラブ(床)を支えて。。と思いきや(笑)その逆三角形の頂点が地面に着地していない!遠くから見ると逆さにした王冠が浮いているかのように見えます。

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実はこれがこの建築のミソです。逆三角形の頂点を支えている、上階から壁を通して頂点へ流れてくる力を下階スラブに流している“短い柱“は壁と比べて少しだけ室内側に引っ込んでいて、またガラスの反射も相まって外からはよく認識できません。木の窓枠全体は外からはしっかりと見え、短い柱を隠すために必要だった逆三角形頂点下部の垂直窓枠のところを特別扱いしていません。

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一方で室内からその柱を見ると外側から引っ込んでいる分よりも少しだけ遠慮がちに出っ張って、この柱は図形として逆三角形を邪魔していないよ。別の要素だよと話しかけるように振る舞っています。

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窓枠は室内から全体を視認できず、そのためY字のコンクリート構造壁が引き立ちます。
この小さなディテールが重たいコンクリートを三層積んでできている建物全体を外からは軽やかな浮遊感あるものに変え、中からは美しい構造の形を表す役目をしている。これは面白い建築だと僕は思いました。

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プランを見るととても単純です。建物正面から入って階段ホールがあり、四隅にクラスルームが配置されその間にサービススペースがあります。エレベーターや構造壁が他の非構造壁である白いレンガの壁よりもわかりやすく出っ張っているので、逆三角形壁と柱の時のように建築要素の主従関係をきっちり表している。設計者の意図がわかりやすく建築に現れています。

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各階にはバルコニーが一筆書きに回っていてクラスルームから出て駆け回って遊ぶこともできます。もちろんこれは避難経路として、2つある非常外部階段へつながります。

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建物はコンクリートの床壁天井、ドアや開口部には木材(おそらくカラマツ材)。室内の仕切り壁はレンガに漆喰仕上げです。床のテラッツォ仕上げはコンクリート床スラブの上に薄いコンクリート層をトッピングして作られたのではなく、構造スラブ自体をサンディングしてできています。バルコニー部分は叩き仕上げとしてスリップ防止としています。天井には音響のために木毛セメント板でできたアコースティックパネルがあり、筒型の照明と同じ形の吸排気口がありました。

全体を俯瞰してみるとコンクリート躯体がそのまま床壁天井となって仕上がっている、シンプルで原始的です。ところが案内してもらった校長先生に話を聞くと、竣工して一番初めに入った子供たちの建物に対する印象は“冷たい“だったようです。コンクリート打放しの見えとはいえ、断熱材を挟んだ二重コンクリ壁なので物理的にそう冷たいわけではなく、それは主にグレー色からくる印象です。
確かに規模が似ているヴァレリオ オルジアティの学校(Paspels)のクラスルームは木の仕上げであるし、ラファエル ズーバーの学校(Grono)は暖かみのある色のコンクリートでした。そう言えば、グレーコンクリートに異なる仕上げを施して、床も天井もライニング(Lining)がない学校建築は初めて見たかもしれません。

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竣工から四年、ようやく建物を使い倒していろんなモノも色も増えてきた。今は使っていてほとんど不自由はなく、あるとすれば何かをピン(画鋲)で刺すことのできる壁が少ないとのことでした。(コンクリートの壁は上手に教材や子供の絵画が貼られていたもののテープ貼りで、確かに取るのも貼るのも少し大変で放っておくと跡が付いてしまいます)

全体としてざっくりとしつつ細部も凝っている建築でとても勉強になりました。シンプルかつ意志の強い構成である分、建築家が戦った軌跡が見て取れます。
彼女の次の建築はどんなモノになるのか、とても気になってきました、楽しみです。


図面(3階平面図)はarchithese 2.2014より
その他写真は筆者より

すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。


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